百足伝コンクール 2022

(1) 700字~1200字
 不足、超過は審査対象外ですが、記載いたします。
(2) 審査のために無記名にしています。

ジュニア作品No.1

40 一つより百まで数え学べては元の初心となりにけるかな

僕は、百足伝の中で
「一つより百まで数え学べては元の初心となりにけるかな。」
が好きです。
 なぜかというと、僕は初段をとるまでに昔の形をたくさん練習したからです。だから初段でも始めたばかりの頃をわすれずに、練習をたくさんしたいと思います。
 僕は基本の練習をたくさんしたいです。僕は、マーちゃんやこうたろうくん、すみれちゃんなどがジュニアにいたときに、勝てなかったから、ユースに上る前にたくさん練習をして、うまくなって勝てたらいいなと思います。そのために、基本の動きや、形などをたくさん練習します
 僕は今のジュニアの中では、やってる期間が長いほうだと思います。だからこそ、百までではないけれど、最初の練習が今新しい形をやるときにも必要になって来るんだなと、思いました。
 僕は、なぜ昔の形ばかりやるのか不思議でしたが、この四十を聞いて新しいことより、基本が大事なんだとわかりました。
 ぼくは、基本の練習が嫌な時もありましたが、そういう練習のおかげで、日本三位になれたのだと思います。
僕はこれからも、基本の練習を大事にしていきたいと思います。(字数以内)

ジュニア作品No.2

2 夕立の せきとめかたき やり水は やがて雫も なきものぞかし

 ぼくは今年10歳になります。居合は、5歳になって始めました。これまで生きてきた中で、半分は居合をやっていることになります。
 始めたころは、右と左がわからなかったとお母さんが言っていました。刀れいが一人でできるようになったのは、さいきんだと思います。今では、左は剣を差す方、右は剣を持つ方と覚えています。
 おけいこではいつも百足伝を言っています。でも、なかなか覚えられません。また、意味はあまりわかっていません。順番に覚えていこうと思ったので、去年は1を選び、今年は2を選びました。

 この歌の意味は、夕立のようにはげしくわかりやすいものではなく、しずくのようにせんさいでふつうの人には気づかないものという意味に思えました。刀れいやしょさでは、音がしないように教わっています。ばっ刀やのう刀などいろいろな動作で、相手やまわりに気づかれないくらい静かに素早く動かなくてはいけない、ということなのかなと思いました。
 刀れいの時は、気をつけていても少し音が出てしまいます。のう刀の時も気をつけていても、音が出てしまいます。
 これからは、音が自分に聞こえないくらいに静かにできるように練習しようと思いました。

 また、相手が音をたてないで切ってきたら、気づかないとも思いました。新選組の時代は毎日知らない人に切られるかもしれないと思って過ごしていたのでしょうか。安心してねむったりできなかったのでしょうか。
 今のぼくは、ゲームやyoutubeが見たくて眠りたくないけど、安心してねむれることは、とても幸せなことなのだとも思いました。(字数以内)

ジュニア作品No.3

5 稽古には 山澤河原(やまさわかわら) 崖や淵(ふち) 飢えも寒暑(かんしょ)も 身は無きものにして

ぼくが考えていた百足伝は技などが百個あって、それを一歩ずつ勉強していくという意味なのかなと思っていました。
しかし、居合入門の本から百足伝は無意識に動くムカデの足にたとえられていることがわかりました。
兵法でも心技体を無意識にするという意味だということが分かりました。

その中から今回選んだ句は、
「稽古には 山沢河原 崖や淵 飢えも寒暑も 身はなきものにして」
です。

なぜこれを選んだかというと、自然の情景や寒いや暑い、おなかがすいたということが想像しやすいからです。
居合入門には

良いこともつらいことも、できることもできないこともあるだろうがそれをのりこえてこそしゅぎょう、けい古だ

という意味がのっていました。

この句の意味をよんで、思い出したのが、
はじめて摸擬刀を持ったときのことでした。
居合を始めて最初は木剣で簡単に抜刀できました。
それでわくわくしながら摸擬刀が届くのを待っていました。
そして、模擬刀が届いて、やったーという気持ちで一度抜刀しようとしましたが、いざという時に抜けなくてがっかりしてしまいした。

そのことを先生に伝えるといろいろをコツを教わりました。
しかし、その方法で毎日練習してもなかなかぬけません。
あせって泣きながら練習しました。そしてまた先生にそのことを伝えると
落ち着いて集中してやるといいと教わりました。

そして落ち着いて集中して抜刀するとはじめてうまくぬけました。
その時ともてうれしくてその後たくさん練習してちょっとずつうまくなっていきました。
1日に30回も40回もふりました。

そしてむかえた大会当日、緊張しながら会場に行きました。
そして試合がはじまりました。
練習の成果をはっきして3位決定せんまでいきましたが、ここで負けました。
自分ではいいけっかが出せたと思いました。
この句を学んで百足伝には一つ一つ意味があることがわかりました。
今後のけい古でもつらいことがあってもそれを乗り越えて修行ということを意識して稽古に取り組みたいとおもいます。
こらからも居合を通して真面目で勇気ある自分を目指したいです。(字数以内)

作品No.1

13  「軍(いくさ)にも まけ勝(かち)あるは 常(つね)の事 まけて負けざる ことを知るべし」

鵬玉会に入門し、初めて百足を目に通した時に1番印象に残った歌でした。
人は、勝ち負けに一喜一憂したり落胆したり自己嫌悪に陥ったり、順風満帆に行ってる人を見ると羨ましくも妬ましく感じる事もあると思います。
順風満帆で、勝ち続ける人生より時には負ける事も必要であると、負ける事は悪いことではなく、むしろ自分を高め成長させるチャンスなのではないかと思います。
負ける経験が悔しいと思う経験が今後の目標になったり、心を強くし諦めない不撓不屈の精神を育成するための肥やしになると思いました。
私も鵬玉会に入門し居合を稽古する中で心から悔しいと思う事が常にあり、そこでただ悔しいと思って終わるのではなく、悔しさをバネに毎日稽古を繰り返し、サボりたくなる弱い自分が顔を出すと、悔しかった出来事を思い出し、自分に負けていられないと奮起して1日1形は最低でも毎日やろうと習慣にしました。
体調を崩してしばらく稽古ができない時期があり、自分に負けたと感じた時もありましたが、自分に負けた経験から稽古ができない時は、オンラインや教本を活用して正しい形を復習するようにしました。
うやむやにしていた部分や間違った癖がついているのに気づける機会となり、結果的には、自分を成長させる、自分の動き、自身と向き合う必要な出来事だったと思います。
誰かに負ける、何かに負ける、自分に負ける、生きていく事は戦いで何と戦うかはその時々で違う、時には完膚なきまでに敗北するかもしれない。
負けた時にこそ見つけたもの、気づけた物、掴み取った物は、生涯で本当に必要で大切なものであると語りかけてくる一首だと感じます。(字数以内)

作品No.2

わけ登る 麓(ふもと)の道は 多けれど 同じ雲井(くもい)の 月をこそ 見れ

『それを追求していけば、この仕事の行き着く先も同じではないか?』
某企業の就職面談を受けた時に人事の人に言われた言葉だ。
その一言で、興味がなかった某企業を受け、就職。
某企業での2年間半含めてからは、怒涛で、私の人生を変える出来事が色々と起こりました。(脳の手術、結婚、引っ越し、海外就職等)

芸術大学を志していた私は中途半端に仮面浪人をし続け、就職時にもそれを引っ張り、就職も仮面浪人も中途半端に。就職は決まったが、辞退。大学を出てすぐに「無職」になりました。

全部自分の責任だけど、情けない毎日。このまま引きづり続けるのはだめだ、最後のチャレンジで再受験をすることにした。ダメだったらキッパリ諦めるという覚悟をした。
結果は不合格。やり切った。悔いはない。でもなんだか空っぽになった。

第二新卒として就職を開始。『とある会社説明会の人数が足りない。興味がないかもしれないけど出席してほしい。』就職エージェントにと頼まれた。
心臓ペースメーカー、心臓血管等の循環器系の医療機器を扱う会社だった。
何人かいると聞いていた出席者は私だけ。人事の人と1対1。
事業説明、条件、直接的でないが人命に関わる仕事であること、
初めて知る医療機器の話にそんな技術があるのかと驚いていた。
今までの私のことを話す。私の芸術に対する思いを人事の人に伝えた時。
彼はこう言った。
『芸術を追求していくことも、この仕事の行き着く先も同じではないか?』

ぱっと見えない壁がとっぱらわれた気がした。
それからどんどん色々と私の中の身体、人生上の問題が解決していった。

話は変わるが、

バリ島はバリ・ヒンドゥー教(バリ島独自の宗教)である。
日々の生活に宗教が存在する。日本と共通するように感じることも多々ある。
なんだか懐かしい。きっと昔の日本もこんな風だったんだろう。いや、今でも?お祈りの事や宗教行事etc…

マレーシア旅行でモスクに観光に行った。
イスラム教の教育施設にトイレを借りた際、せっかくだからイスラム教の説明を聞いて行きませんか?と言われ現地ボランティアの人の話をうんうんと聞いた。

神様に対する考え方の説明が、バリ人の友人が私にしてくれた話と全く同じ説明で(全ての源は一つ。姿形、見る人の見方が違うだけで一緒)宗教も言葉も違ったが、その瞬間ものすごく驚き、この時も、何か見えない壁がパーンと割れたような感覚だった。

違う人種、宗教、追求したい分野、物事。物事はバラバラで全く違うようだけど、
たどっていけば全て1つの源に。

漠然としているが、確信に近いこの感覚に気付いたことで、
私の中でバラバラだった物事は繋がり、より強いものになっていくように感じている。

一つ一つ全く違うと思われる物事は、私の中では全部繋がっていて、うまく説明できないけど、それを言葉にし、体現できるよう、麓の道から繋がる源(月)に少しでも近づけるように進んでいきたい。(字数以内)

作品No.3

23 「朝夕に心にかけて稽古せよ日々に新たに徳を得るかな」

 

 「稽古」「心」「徳」の3点から考察したいと思い選びました。

 1)「稽古」

稽古と考えるとただ強くなりたい、試合に勝ちたいと、考えてしまうのは当たり前だと思いますが、勝ったら稽古はしないの?辞めちゃうの?となってしまいます。この句から考えることは、稽古に対し「教わる立場」はもちろんでありますが、私は「変わりたい自分」この考えが大切ではないかと考えています。変わりたい自分とはなにか?私は別の視点を持って稽古に臨んでいます。それは気づきを大事に稽古へ臨むことです。稽古では、支部長・場所長より形に対して修正し正しい形を体に染み込ませます。ただ修正では、意味がありません。修正のご指摘をいただいたときに、修正前と修正後での違いに気づけるかが重要になると考えます。

2)「心」

心について考えることは、とても重要であると思います。心にかけてとあるように、支部長との稽古において修正の際にご指摘をいただいて変化していく。「心にかけて稽古せよ」この言葉を考えると、私はこのように考察しています。「謙虚の気持ちで稽古せよ」なぜ謙虚と考察したか。それは、支部長稽古において支部長の貴重な時間をいただいて修正をしていただいているからである。時間は誰にでも平等に流れていますが、教わる姿勢を考えると、謙虚の心が大切になってくると感じています。先月、私事ですが内弟子審査を受けました。その際も、会長・内弟子の皆様の稽古前の貴重な時間をいただいて面接をしていただきました。この時も私はこの百足伝の言葉が出てきました。謙虚な心がないと、自分中心でしか考えることができずさらには、相手の貴重な時間を無駄にしてしまう事になり、それではよくないと思い、「心にかけて 」とあるのは、どんな場面でも謙虚であることを指していると考えます。

3)「徳」

 徳の意味に「精神の修養によって、その身に得たすぐれた品性。

 この意味から考えることは、日々の稽古において、新たな視点や発見そして、進化がある。そして、稽古においては、精神の修練も入ってくると思います。武道においては、精神面の修練もあります。ただ振れば、よくなるのであれば、修行は必要なくなってしまう。それではなく、稽古においては「精神の修行」も重要であり、この考えを日ごろの稽古において頭に入れておくと「稽古」「心」が自然とセットになり、やがて、徳を得るのだと私は考えます。 これからの稽古において重要になると思います。常に稽古において意識していきたいと考えています。(字数以内)

作品No.4

2 夕立の せきとめかたき やり水は やがて雫も なきものぞかし

『始めっ!!』
右手に持っている刀を左手に持ち替え、
スッと腰を落とし、膝をついてから座る。これは間合いを崩さない武士の作法だ。
ふた呼吸半、シン・・・と張り詰める空気の中、聞こえてくるのは、
ドクン、、ドクン!!と大きく響く自分の心臓の音だけだ。

2022年、京都武徳殿で行われた全日本型試合の決勝戦。
『優勝以外全て負け』父からそう言われ続けて育ったこともあり、言葉通り負けず嫌いの自分は、この日も勝ちへの執着から自分のリズムは崩れていた。
結果は、負けである
【夕立の せきとめかたき やり水は やがて雫も なきものぞかし】
この句は、今の自分に足りないことを詠んでいる一句であろう。
武道家にとって大切な事は、自らを律する侍としての精神だ。

この【夕立】というのは、【感情】に置き換える事ができる。
感情の昂りや、相手からの挑発、
その他、外的要因で突如として乱れる精神状況は、天候のように快晴であったにもかかわらず突発的に降り出す夕立に等しい。
全日本型試合での敗因は、この句の答えであるに違いない。
乱れた感情、精神をコントロールする術が乏しかったのだ。
おそらく、人であれば感情の昂りや落ち込み等、生きていれば必ず経験する事であり、無くす事は出来ない。
しかし、その対策を講じる事によって、自分を見失うこともなく、コントロールしたり、乗り越えることができると言う一句であろう。
では、その対策とは何か。
夕立は、激しい雨や風、雷が連想される。
その激しい雨で急激に溜まった水も、予め水路を作っておけば水が溢れるといった心配もなく問題はない。
この句で詠んでいる【やり水】は、その事を指しているのであろう。
そして、【やがて雫もなきものぞかし】とは、対策を講じておけば、【荒れた水はやがて雫の1滴もなくなる】ということだ。
これは、現代社会でいうリスクマネジメントにも通じる。
大切な事は、リスクの特定だ。
リスクを特定するには、様々な状況や未来を予見する必要がある。
これは、その道筋を俯瞰して見ていることに違いない。
そう、武士にとって必要なことは、自分を俯瞰してみることだ。
自分を第三者の目線で視ることによって様々な道筋が見えてくる。
例えば、迷路を想像してほしい、その迷路に自分が入っていたとしよう。

恐らく、右に行けばいいのか、左に行くのが正解なのか、その場での判断は出来ないはずだ。これは、目の前のことしか見えていないということに言い換えられる。
しかし地図を見るように、その迷路を俯瞰して見てみると、道筋は自ずと見えてくるだろう。
今回の全日本型試合での敗因は、目の前のことばかりで周りが見えておらず、自分の精神の乱れに気がつけていなかったということだ。
この句のように、自分を俯瞰して見れるようになることで、一皮剥けるのかもしれない。(字数以内)

作品No.5

34 屈たく(くったく)の 起(おこ)る心の 出(いず)るのは そは剣術に なるとしるべし

「屈託」の意味、「屈託のない~」という表現では使いながらも、よく考えると説明することができないと気づき改めて調べてみました。
「ある事が気になって思い悩むこと」
とのことでしたので、
「剣術について思い悩むほど気にかかることが出てきたということは、
  それでやっと剣術修行の入り口に立てたということである」
とのように解釈いたしました。
初心の頃はとにかく形の手順を覚えることに執着し、ただただ決められた動作を間違わずに再現できれば試合でも勝てるものと信じ、鏡を見たり動画を撮ったりして手本と見比べ、そのうちにある程度再現できるようになったのではと、一時迂闊にも慢心してしまったことがあります。
ところがすぐに審査や稽古にて自分では思いもかけなかったような点をいくつも指摘していただき、徐々に課題が見つかるようになってきたと思うと途端に細かな所作の一つ一つも気になるようになり、そこから急に私自身の屈託が次々と沸き起こるようになりました。
そしてそれぞれの屈託は「なんとなく違う」等の曖昧なものではなく、先達から受け継がれた理に照らし合わせて真偽が明らかであり、そのことに対する自身の至らなさを心底思い知った上での屈託でした。
これがもし自分一人でただ黙々と取り組んでいたとしたら、同じ屈託は決して起こらなかったと思います。会長や諸先輩方から指導していただくことで 起こる屈託、共に研鑽しあえる仲間から影響を受けて 起こる屈託、自分のみでは決して見えない視点からの気づきを与えていただけることは、鵬玉会の一門であるが故のありがたさだと感じています。
さらにご指摘等をいただく際には必ずその理由や根拠にあわせて対処法も明確に示していただけるため、屈託を一つ一つの課題に分解して着実に解決していくことで一歩一歩前進できることもまた嬉しく思います。
自分の屈託の多くは技術はもとより姿勢、柔軟性、筋力、体幹、重心、等の身体の基本要素の未熟さに起因していることも痛感しており、40代後半、人生の半分を過ぎた今に至るまでなんと自分の身体を蔑ろにしてしまっていたのかと今更ながら後悔するとともに、それでも居合に
出会えたことでこの歳になってからでも改めて自身の心身を大切に育んでいこうと思えるようになったことを幸いと受け取り、これからも一つ一つの屈託と丁寧に向き合いながら稽古に励みたいと思います。(字数以内)

作品No.6

6 吹けば行く 吹かねば行かぬ 浮き雲の 風に任(まか)する 身こそやすけれ

雲と風は一体となって動く。
風と共に雲は動く。
雲と風は共に静止している。
心が体を動かし、体が心を動かす。

同時進行の動き

 スポーツの高速反射と武道の同時動作とは、根本的な違いがあります。
反射的な動きには、アクションと反応の間にどんなものでも、小さなギャップがあることを意味します。プロテニスでは、サーブが時速250kmでネットの向こう側へ飛んでいく。人間の反射神経が約0.5秒であることを考えると、ボールは目で見るよりも速くネットを越え、プレーヤーを追い越していくことになる。プロのテニスプレーヤーがこれだけのスピードでサーブを返せるのは奇跡的としか言いようがないが、彼らはそれをやってのける。それは、反射神経によらない感覚によるものと考えるしかない。サーブを返すためには、動きがほぼ同時でなければならず、この場合、武道の同時動作に似ている。
 これは、無外流居合道の百足伝の第六に書かれていることである。雲と風は一体となって動く。隙も反動もなく、一続きの動きである。
 これを不動心不動といい、武道の基本概念である。しかし、この言葉には二通りの読み方があります。

動くざる心(うごくざるこころ)
動くことのできない心。
動かざる心(うごかざるこころ)
動こうとしない心。

 居合道で目指すのは、動かない心である。これは固定された心ではなく、沢庵宗匠が名著『不動智神妙録』で述べたものである。
 この中で彼は、不易、不定、風の中の雲のように自由である心の状態を述べている。これは柳生新陰流の初期の創始者に推奨され、宮本武蔵が『五輪の書』で信奉した基本的な心境である。

勝利の虫としてのトンボ

 武家文化では、トンボは「勝ち虫」であると考えられていた。現代人の多くは、トンボは前にしか進めないからと誤解している。まず、これは間違いである。トンボは後ろ向きも含め、どの方向にも自由に動くことができる。しかも、前にしか進めないというのは、果たしていいことなのだろうか。
 武士がトンボに憧れたのは、それとは別の理由だと思う。高速の翼制御で静止したようにホバリングし、0〜50km/hまで一瞬で縦横無尽に飛び回る、まさにミニチュアロケットだ。しかも、ただ飛ぶだけでなく、一瞬で停止するのは、目標に到達したためと思われる。
 ライオンやヤマネコ、そしてワシやハヤブサなどの猛禽類が獲物を捕らえる成功率が30%以下であるのに対し、トンボは100%に近い成功率を誇るのだ。

後の先

 「後の先」とは、「後から始めて先に着く」という意味だ。なぜ、そんなことが可能なのか。それは、同時進行の原理が働くからだ。後から始めたように見えるだけで、実は同時進行で動いている後の先は反撃ではなく、動きの完全な調和を生み出す集中の状態だ。
 心が落ち着いていれば、湖の水面がまだ反射して月や飛ぶ鳥を映し出すように、物事をはっきりと映し出す。しかし、水面が荒れていると、はっきりと映らない。もしあなたの心の波が、恐れや予期によって荒れているなら、あなたの心ははっきりと映らないだろう。心の波が穏やかになってこそ、はっきりと映し出されるのである。これは、後の先の練習に不可欠である。

同時移動の練習方法

 雲は、風に応答して受動的に見えるだろうが、実際には、同時に移動する。対応するための思考の隙間はない。どうすればこれを実践できるのか。
 どうすればいいのだろう?瞬時の対応を実現するには、形の理想的な動きが自然に身につくまで練習すること、いわゆる「約束組太刀」しかない。また、自由組太刀の練習をすることで、より瞬発的な対応ができるようになる。
 最終的には、蜻蛉のように、ぶれない心で、自由に剣を振るうことができるようになるのだ。
 風の中の雲の動きを観察すると、動作と反応の間に隙間や分離がなく、単に同時の動きであることがわかる。あなたの動きが自発的に、攻撃と同時にできるようになるまで訓練してほしい。そうすることで、相手を正しく回避し、攻撃することができるようになる。ホバリングしているトンボのように心を落ち着かせ、勝ち虫のように素早く動くことができるようになるのだ。(字数超過)

作品No.7

5 稽古には 山澤河原(やまさわかわら) 崖や淵(ふち) 飢えも寒暑(かんしょ)も 身は無きものにして

 この首を選んだきっかけは、以前から稽古で唱和した際になんとなく気になっており、百足伝の各首の意味を調べた際に、これまでの自分や現在の自分にとって一番心に響く首だと感じたからです。
 私は最初、この首は稽古における心構えを説いていると受け取っておりましたが、稽古だけでなく、人生においても同様のことが言えるのではないかと考えました。
 その理由としましては、最近私のこれまでの人生を振り返り、大きな挫折を経験したことのなかった学生時代と、大きな挫折が続いた結果自信を無くしてしまっていた数か月前までの自分について考えていた際に、人生においても良いことと悪いことがあり、その時によってはできることとできないことがありますが、努力次第では悪いことから良いことへ好転させることができたり、それまでできなかったことができるようになると思い至ったからです。
 前述の通り、私は大きな挫折を味わうことなく学生時代を過ごしたため、社会に出てから初めて大きな挫折を何度も味わったことで、挫折からの立ち直り方がわからず、数が月前まで自信をなくしたまま迷走を続けておりました。
 しかし、自信が無いなりに努力を続けた結果、少しずつ仕事で良い成果を出せるようになり、それが自信に繋がり、立ち直ることができました。この経験から、現在は人生においても毎日の一つ一つの出来事が修行に繋がると考えております。
 鵬玉会に入会し居合を始めてからまだ二か月程度のため、現状では形などまだできていないことばかりで、日々自分の未熟さを痛感するばかりではありますが、毎週の稽古だけでなく毎日自宅での自主練習は欠かさず行い、努力は怠らないようにしております。
 これから先も居合だけでなく人生においても挫折することはあると思いますが、それも修行と思い、挫けることなく一つ一つできることを増やそうと思っております。(字数以内)

作品No.8

35 世の中の器用不器用異ならず 只真実の勤めにそあり

居合を始めた、と人に言えば 「なぜ?」 「何をいまさら?」 「怖くない?」
返ってくる言葉はみな同じようなことばかり。
確かにそうかもしれない。
武道はおろか、スポーツの経験もなし。体力や気力が落ちていくばかりの歳になって、始めてしまったのだ、居合を。

思っていたよりも刀は重かった。決して細腕ではないものの、振ると刀の重みが直に腕に伝わってきて、痛い。
形や足捌きはなかなか覚えられない。 堂々と刀を振るう年下の先輩方を横目に、感心したり落ち込んだり。
言われた通りにやっているつもりでも上手く出来ない。ただただ自分の鈍さや不甲斐なさに腹が立った。
それでもここ1年、刀を振り続けてきた。
自他共に認める飽きっぽい性格の自分であるが、ただ愚直に、諦めず、途中で投げ出さずに。

最近になって思ってきた。センスのある人は確かにいる。だが、器用不器用はあまり関係がないのではないか。見習う面はあっても、人と比べることに意味はない。
それよりも、ただひたすらに毎日刀を振るう、身体を動かしてみる。苦しくて、そして楽しい。
続けていれば、その先に見えてくる道があるのだろうか。それとも歩いたところが道になるのだろうか。

尊敬する人物の座右の銘に、以下の言葉がある。
「斃れて後已む(たおれてのちやむ) 精神一到何事か成らざらん」
(生きている限りずっとやり続ける、集中して努力し続ければ成しえないことはない、という意味で受け取った。)
何か通じるものを感じた。実感する。近道はないのだな。
習ったことを反芻する。何度も何度も。上手くいかない。そこに工夫の余地はないか、またやってみる。

見えない答えを求めて、今の自分にはただ続けるのみ。
1級昇級するのにも、ひとよりずっと時間がかかるかもしれない。でもそれでもいいと思った。
諦めたくはない。自分との対話は続くのだ。(字数以内)

作品No.9

13 軍(いくさ)にも まけ勝(かち)あるは 常(つね)の事 まけて負けざる ことを知るべし

 「戦国最強」というイメージが強い武田信玄だが、一度とんでもない負け方をしている。若き日の「砥石崩れ」というものだ。慢心から負け、大事な宿将であった板垣信方を失った武田信玄は、以降慎重となった。おそらく「戦国最強」となった武田信玄の誕生はそのときだ。
 そう言えば、後の天下人徳川家康も大敗を喫している。それも前述の武田信玄に。三方が原で負け、あまりの恐怖に大便を漏らしながら城に逃げ帰っている。そのとき絵師を呼び、「今のみじめな自分を絵にしてくれ」と言うなど、普通の人ではない。負けたその瞬間を記録して、後の戒めにしようとしたのだろう。「その場の負け」を「人生の転換点」としたのだ。そして戦国最強の武田信玄に臆することなく野戦を買った徳川家康の評価は、これ以降一気にあがることとなる。のちの天下人の誕生だ。
 その場その場の勝ち負けは目先のことに過ぎないのだろう。負けを自分にどう活かすか、以降の人生にどう反映させるかは、目先の勝ち負けとはあまり関係がない、と思えばいい。

 池波正太郎の「剣客群像」に、伝えられる無外流の流祖辻月丹の様子をモチーフにした短編が収められている。強そうな剣客では決してなく、ひょうひょうとしているその姿。映画「雨あがる」で巨匠黒澤明監督が描こうとした流祖の姿もそうだった。今の小さな勝ちにこだわることなく、自分の成長を求められるか。この一首は、決して居合を学ぶ上だけではなく、生き方そのもの、姿勢を問うているのだろう。
 私は誰かと比較するのではなく、武道という旅を通じて人生を豊かにする道を歩もうと思う。だからこそ、この道に休むことも終わることもないのだ。(字数以内)

作品No.10

5 稽古には 山澤河原(やまさわかわら) 崖や淵(ふち) 飢えも寒暑(かんしょ)も 身は無きものにして

「急性リンパ性白血病」

 それが三歳の私に医者から告げられた病名でした。
 幼かった私はその病気が何なのか分からないまま入院しました。辛い治療やすごく苦い薬を飲み続け、その間誕生日も病院内で二回迎え、皆と同じように幼稚園にも通えず、闘病から約一年半が過ぎていきました。
 今思うと三歳の自分にはかなり過酷な日々だったと思います。
 十二歳の今、居合に出会って百足伝を唱える時、闘病時の記憶が蘇ることがあります。武道の修行、稽古と入院時の生活、治療は少し共通する物があるのではないかと思います。
 この百足伝第五「稽古には 山澤河原(やまさわかわら) 崖や淵(ふち) 飢えも寒暑(かんしょ)も 身は無きものにして」という一首の意味のように、入院中でも治療が上手くいくと一時退院出来たり、稽古で昇級審査に合格できたりというような「良い事」があります。
 逆に、共に入院していた友達が亡くなってしまったという辛い事もありました。まだ見ぬ居合の世界でも自分への道を阻むような「辛い事」もあるかと思います。
 「良い事」や「悪い事」の他にも、入院していたがために他の子と同じように普通の事ができなかったり、居合の基本動作が上手く出来なかったりと、「出来ない事」もありました。そういう事の後に続く、無事退院して一年だけ友達と共に幼稚園に通えた事や抜刀や納刀、素振りや運足が上手く出来るようになった事などの「出来る事」につながって、今の自分があるのではないかと思います。
 また、入院したからこそ学べたこともありました。自分は体質のため治療が一般より遅れ思うように進んでいきませんでした。周りの友達たちはどんどん退院していき、残っている友達も少なくなっていきました。一人、又一人と退院していく友達を見送るたび、退院していく子を羨ましく思うこともたくさんありました。「自分は本当に退院できるのか」「いつまで治療を続けなければいけないのか」そういう不安やストレスが溜まっていき、泣くことも多々ありました。
 そのストレスや不安を心の片隅に抱えながら約一年半が過ぎ、いざ退院した時我慢してきた分の解放感、達成感、嬉しさを自分の体一杯に感じました。達成感や嬉しさを感じるのは居合にも通じることだと思います。入院して学べたことは、最初はいかに辛くても最後は辛かった分良いことになって返ってくるということです。居合も稽古した分結果になって返ってくるので、治療も居合も似たところがあるんだと思います。
 この経験を生かして日々稽古に励みたいと思います。辛い時も、嬉しい時も、悲しい時も、身はなきものにして。(字数以内)

作品No.11

40 一つより 百まで数へ 学びては もとの初心(しょしん)と なりにけるかな

 私はこの句を選びたいと思います。
 人は所作や技など、一度や二度やったところで身につくものではない。驕り高ぶることがないように振り返ってみたい。
 数年前「すし職人に修行はいらない」とある著名人が言ったことがありました。
 私はそ言葉に物凄く違和感を覚えそして反対でした。持論ではありますが、修行とは成功を求めてする事ではなく、失敗を繰り返しそれが何故起きたのか、つぎ失敗しない為にはどうすべきなのかを考え知る事だと私は思っています。
 有名な話ではありますが、”形がある人がやるから「形破り」であり、形の無い人がやってもそれは只の「形無し」だと”技は身体が自然に動くこと、何度も何度も反復し頭で考えるより先に身体が動く、そう成って初めて身に付いたと言うのではないでしょうか。
 それは私の仕事でもある料理の世界も一緒です。基礎・基本が大切です。見た目だけ華やかに見せても土台がしっかりしていないと台無しなお料理になってしまいます。
 「稽古で汗を流し 技量をあげよ」
 鵬玉会のこの心得にも通づる気もします。
 我々のやっている事は、今日の努力が明日すぐに結果が表れる訳ではない。日々の稽古を大切にし切磋琢磨し技を身に付けよう。
 慢心することなく、毎日なにかある事に気をつけ、気に掛け学ぶ、そうして精進しなさいとの戒めの言葉なのだろうと感じます。
 何だかんだ言おうが「初心」この根っこが一番大事なんですよと言っているのではないかと思います。
 気取って格好つけてるだけの中身のない人間にならぬよう、常に自分を振り返り根っこが腐らぬようこれからも過ごしていきたいものです。(字数以内)

作品No.12

5 稽古には 山澤河原(やまさわかわら) 崖や淵(ふち) 飢えも寒暑(かんしょ)も 身は無きものにして

 この首を選んだきっかけは、以前から稽古で唱和した際になんとなく気になっており、百足伝の各首の意味を調べた際に、これまでの自分や現在の自分にとって一番心に響く首だと感じたからです。

 私は最初、この首は稽古における心構えを説いていると受け取っておりましたが、稽古だけでなく、人生においても同様のことが言えるのではないかと考えました。

 その理由としましては、最近私のこれまでの人生を振り返り、大きな挫折を経験したことのなかった学生時代と、大きな挫折が続いた結果自信を無くしてしまっていた数か月前までの自分について考えていた際に、人生においても良いことと悪いことがあり、その時によってはできることとできないことがありますが、努力次第では悪いことから良いことへ好転させることができたり、それまでできなかったことができるようになると思い至ったからです。

 前述の通り、私は大きな挫折を味わうことなく学生時代を過ごしたため、社会に出てから初めて大きな挫折を何度も味わったことで、挫折からの立ち直り方がわからず、数が月前まで自信をなくしたまま迷走を続けておりました。

 しかし、自信が無いなりに努力を続けた結果、少しずつ仕事で良い成果を出せるようになり、それが自信に繋がり、立ち直ることができました。この経験から、現在は人生においても毎日の一つ一つの出来事が修行に繋がると考えております。

 鵬玉会に入会し居合を始めてからまだ二か月程度のため、現状では形などまだできていないことばかりで、日々自分の未熟さを痛感するばかりではありますが、毎週の稽古だけでなく毎日自宅での自主練習は欠かさず行い、努力は怠らないようにしております。

 これから先も居合だけでなく人生においても挫折することはあると思いますが、それも修行と思い、挫けることなく一つ一つできることを増やそうと思っております。(字数以内)

作品No.13

3 うつるとも 月も思わず うつすとも 水も思わぬ 猿澤の池

私の名は奈良に関わりのあるもので、母方の祖父からもらってきたものらしい。

祖父は西山浄土宗の僧であったからか、京や奈良に親しんでいたようで、母や伯父とともに古都を歩くと、ほろほろ零れる祖父との思い出話。おとうさん、このお寺さんの仏さん好きやったわぁ–と。
その影響か、長じては一人古都を散策することが多かった。

京都ならば、京阪電車で出町柳。奈良で降りるのは近鉄奈良駅が定番。
まずは興福寺、兎にも角にも阿修羅王にご挨拶。
その後はといえば、階段をだらだらと降りて、猿沢の池の袂に着いてから、ああ、またこっちに来ちゃった、と。
多分幼い頃に母に連れられて歩いたコースを無意識に辿っているのだろう。

階段をちらりと振り返ってから、池を横目に歩きぬけるか、あの階段を乗り越えて駅に戻るか、いやいやこっちに折れて10分15分歩けば春日大社あたりについたよな、などと水面を眺めつ、迷ってみる。
一人旅はこういうところがありがたい。
無計画にふらふらとしたところで誰も咎めないし、誰に申し訳ないと思う必要もない。しばし池を眺める。
階段から見下ろした、あの水面に何かが映っていた記憶はない。

澄まず澱まずの猿沢の池だが、私の眼にはいつも–お城の堀で見るような、あの緑一面。ただ細波立つその波頭の先が、陽の光を跳ね返してきらきらと。
青空を映していると思ったこともなければ、太陽を映していると思ったこともない。ただ、吹く風と共にところどころ、きらきらとしていたように思う。

思い出はさておいて。

多分、母や伯父が祖父の影響を受けたように、私は母や伯父の影響を受けて古都を訪うようになったわけだが、祖父も母や伯父も、奈良や京都を好きになれよ、とは思っていなかっただろう。
子は親の鏡、という言葉がある。
親の背を見て子は育つ、という言葉もある。
意識しないままに月は水に映り、水は月を映す。
あまりにも、無意識に。
親兄弟、友人に、師に、私たちはある時は月になり、ある時は水となって互いに映しあう。思わずとも思わぬとも。私たちは、決して一人ではないので。
蓋し、人が人と関わりあうとき、何らか互いに影響しあう。
物理学をやっているものならばその理論で、経済学をやっているものならその言葉で、哲学をやっているならば哲学で、この不可思議な現象を表現することが出来るだろう。
ただ、それを識るのと知らぬのとでは、天地の差があるのではなかろうか。

人の振り見て我が振り直せ、という言葉がある。
他山の石、という言葉がある。
私たちは、ただ漠然とお互いを映しあうのではなく、お互いがお互いを映しあうからこそ、それを自覚し、意識し、より良いものを映しあうよう、精進すべきであろう。
その意思の顕れ、一つの形が、見取り稽古というものではないかと私は考える。
私たちの目の前に、熱心な稽古を、美しい形を披露し、教えてくれる先達がいる。

さあ、月を映そう。(字数超過)

作品No.14

8 わけ登る 麓の道は 多けれど 同じ雲井の 月をこそ見れ

稽古着を着なくなって、半年以上の月日が経ちました。
刀もフェイスガードもクローゼットの中で眠っています。せっかくついた腕の筋肉も落ちました。

一生続けるぞと始めた居合。稽古着を着ない、刀を振らない日が来るなんて考えてもいませんでした。
体を動かす稽古ができないことを頭では理解しつつも、今までやってきたことができなくなっていく不安、周りから置いていかれるという怖さが先行していました。稽古や大会等に顔を出し、心配される日々。もどかしさもありました。
それでも、今の状況でできることは?と考え、「知識だけは負けないようにしよう」とそっと自分に課すことに。
幸いにも鵬玉会ではオンラインの稽古が充実しており、知識を増やすこともアップデートすることもできる環境です。今はできるだけ参加することを心がけています。不自由になって改めてツールの多さの有難みを感じました。

形の上達や、自由組太刀で負けないようにと思うと、体を動かす稽古に勝るものはないのかもしれません。けれど、頭を使うことも稽古だと言えると思っています。
もともと運動神経もセンスもないので、リアルの稽古に参加していても、手順を覚えてからでないと動けません。インプットだけの今の状況も、実はそんなに変わらないのでは?と気付いた時は、自分の中の焦りが小さくなりました。

アプローチの方法は違えど、今よりもっと上手くなりたいという気持ちで臨むのに変わりはありません。
色々な事情の人が、色々な方法で稽古する。ゴールと姿勢がぶれなければ、どこからスタートしてもどう攻略しても大丈夫。堅苦しく思われがちな武道の世界ですが、実は柔軟で寛容なのだと感じます。鵬玉会だからこそというのも大いにあるとは思いますが。 いつかまた稽古着を着て、刀を振る稽古ができるまで、せめて頭は衰えないように。知識を得る・蓄える・考えるという点での稽古を怠らないようにしたいと思います。(字数以内)

作品No.15

14 とにかくに 本(もと)を勤(つと)めよ 末々(すえずえ)は ついに治(おさむ)る ものと知るべし

 私は鵬玉会に入り、居合を始めて約5年が経つ。
 私が初めて刀を握った日から今日まで、形、約束組太刀、自由組太刀等覚えることは多かった。試合や審査、演武も経験し、初段になった。それなりにできるようになったように感じているが、いまだに指摘されることも多い。「横一で斬る高さが高い。」「切っ先上がりになっていない。」これらは基本中の基本である。
 また、稽古を重ねていくと、だんだん自己流になっていく部分もあるように感じる。特に納刀や抜刀は自分がやりやすいように行うようになってしまう。しかし、それでは試合や審査では通用しない。減点され、指摘される。そこで初めて自分の癖について知ることになる。一度ついてしまった癖を修正するのはなかなか難しい。そこであらためて基本は大切でああると実感する。
 私は最近、職場の異動で仕事の内容が変わった。新しい仕事は、窓口対応であり、基本中の基本である。この職場に入り、8年が経つが、採用時に初めて学んだ仕事内容である。しばらく窓口業務からは離れていたため、不安だったが、業務を行ううちに徐々に思い出し、日々の仕事をこなすようになった。しかし、窓口対応では様々なイレギュラーな事態が発生するため、臨機応変に対応する必要がある。そんな時実感するのはやはり「基本を確実に。」ということである。丁寧に対応し、不明な点は調べる。基本を確実に行っていく中で自信の成長を感じることができる。
 14番は「物事は基本を隅々まで行った結果、治めることになる。」という意味であると私は理解しているが、私は「治める」ことができるだろうか。いや「治める」ことはできないだろう。私は日々、「基本」に従って、勉強する毎日である。

作品No.16

8 わけ登る 麓の道は 多けれど 同じ雲井の 月をこそ見れ

文人墨客のたちだからか、物事を観念的にとらまえ、考える癖がついているように思う。
詩歌俳句はともかくとして、道歌というものは非常に観念的なものだから、一つの道歌から、植物の張る根のように、彼方へ此方へと思考が飛ぶのはそのせいだろう。
大衆時代小説に代表されるような武人—-鬼平であったり、われらが秋山小兵衛先生であったりは、善と悪とを抱きかかえた、飄々とした人物として描かれる。
柴田錬三郎の晩年の名作、御家人斬九郎などもそうだが、彼らは強く、しなやかな人物像を持つ。
それは、少年漫画の主人公たちが「強くなっていく」過程で味わう、弱いからこそ負け、だから強さを求め、時に挫折し、それでも立ち上がる、あの泥臭さなどを経た後の姿で、物語の中で語られることはなくとも、私たちにそれを伝えるのだ。
畢竟、人間というものは、物語でできている。私は常々そう考えている。
食べたものは目に見える血肉に、経験したもの、体験したもの、感じ、思い、考えたことは目に見えない血肉になる—-と。
その目に見えないものこそが、その人をその人たらしめる物語であるのだろう。
私たちは物語から学び、物語を分かち合い、違うページに記していく。
だからこそ、一人として同じ物語を持つものはいない。どれだけ同じ時間を過ごし、ともに誰かが切り拓いた道を歩もうとも、同じ物語は紡げない。
「No.1にならなくてもいい、もともと特別なOnly one」、そうあの詞も謳う。我々はまさしく、オンリーワンなのだ。
人のみならず、生れ出たものはすべからく、死ぬ。物語は生から死へと綴られる。
同じ山の頂を目指して歩もうと、物語が違うのだ、その道を踏みしめ歩くは、ただ一人。
それは寂しいことだろうか。悲しいことだろうか。孤独であろうか。辛いことだろうか。

よく月を眺め上げる。
暗闇にぽつんと、だが煌々と輝く月影を眺め、彼ら自身の物語を紡ぎ続ける友人を思うとき、孤独であり、また孤独ではないことに気付く。

雪月花時最憶君。この一節を諳んじる。

ああ、君もこの月を見ているのだろうか—-もしそうならば、今、この隣にいなくても、同じ月を見上げるならば、例え物語が違っても—-

天上の月は私たちをあまねく照らす。(字数以内)

作品No.17

31 心こそ敵と思いてすり磨け 心の外に敵はあらじな

 私は還暦を超えて鵬玉会に入会させていただきましたが、この心の敵に負け続けた人生でした。入試も、志望大学を早々諦めて目標を下げ、入部したアメフト部でも挫折して退部しました。その時監督から言われた「一度逃げた奴は、また逃げる」という言葉は今でも自分の心に深く刺さっています。そんなこともあり、その後加入したクラブチームは辞められず、還暦になるまでシニアチームでプレイすることになりました。
 今まで数多の挫折を経験してきた私ですが、人生も第4コーナーをまわりゴールも目に入ってきている現状を考えると、もう逃げてばかり居られないです。居合道の修練も体が許す限り継続していきたいと思っております。そうは思っていても、これから何度も心が折れそうになることは間違いないです。そうならないためにどうすれば良いか、自分なりに考えてみました。
 人の心の中には「悪魔」と「天使」が棲んでいると思います。どんな立派な人でも、日によって心の中の「悪魔」が勝っていたり、逆に「天使」が優位にいたりするのでしょう。志をたてた時は「天使」が勝っている時です。私が鵬玉会に入会した時がそうだったと思います。しかし、時が経つに従って「悪魔」が心に広がってきて「お前には向いてない」「もっと楽しいことあるよ」と耳元で囁きはじめ心を支配しようとします。その悪魔の囁きに負けずに前進し続けるにはどうしたら良いのだろうか考えてみました。
 それには、心の「天使」が勝てる様に力を与える必要があり、心の「悪魔」にダメージを与えることが必要でしょう。「悪魔」は何によって力を増すのかといえば、人の不幸を望んだり、ルールを守らなかったり、不機嫌でいたりすることだと考えました。その様な行動を続けている限り心は「悪魔」に支配されることになるでしょう。ならば、日々誠実に人の幸運を願い、ルールを守り、いつも機嫌よく振る舞うことが「天使」に力を与えることになると考えました。その様に日々の行動を律しつつ(大変難しいですが)、歩みが遅くとも前向きに修行を継続していきたいと思っております。

「心の中に棲む「悪魔」こそ敵と思って修練する。その「悪魔」以外に敵はいない」(字数以内)

作品No.18

2「夕立の せきとめかたき やり水は やがて雫も なきものぞかし」

 この句は稽古に対する姿勢のことを言っているようにも、自分の精神状態のことを言っているようにも感じる。そしてどちらの意味でとっても、前の句「稽古には 清水の末の 細々と 絶えず流るる 心こそよき」と対になっているように感じる。

 大会前1週間くらいになって慌てて稽古する人を学生時代からたくさん見てきた。しかしその人が結果を残したところは見たことがないし、きれいだと感じたこともない。毎日少しずつでも稽古してきた人と、直前になって慌てて稽古する人とでは文字通り積み重ねてきたものも時間も比べ物にならないのだろうと想像する。
 自分がそうならないように自戒もこめて、薄皮を積み重ねるような稽古をしていきたい。

 精神的なことに関しては、一時期に一気に燃え上がってすぐ鎮火してしまう人と、派手に燃え上がりはしないが内側で静かに火が燃え続けている人との対比に感じる。
 その人の性格にもよるだろうし、どちらがどうとは言わないがこれも「続ける才能」につながっていくように感じる。これについての私の理想は「燃え上がってそれが持続すること」だが、かなりのエネルギーと情熱が必要だと思うし、それはなかなかハードなのでバランスが大事なのかなと感じている。

 これを書いている中でだんだんと自分の中で考えがまとまってきたような気がするが、大事なのはうまくバランスをとることなのかなとおもう。
 毎日やっている前提だが、大会前に集中して稽古すれば飛躍的に上達するし、精神的にも気分が乗るとき乗らないときがあるのが人なので、自分がどういったスタンスでそれに向かっているのか、将来どうなりたいのか、軸を決めたうえでうまいことバランスを取っていくのが大事なのだと考える。(字数以内)

作品No.19

8 わけ登る 麓(ふもと)の道は 多けれど 同じ雲井(くもい)の 月をこそ 見れ

 私が居合を修得しようと思った動機は、史実や小説に書かれたもののふとはどのような存在であったか、またその一端に触れたいというものからでした。もののふとは単に武の力を有する者を指すのかといえば、私はそうではないと思います。やはり心の在り方という要素も重きを占めてくるのではないかと思うのです。
 百足伝には、様々な句があり、その一つ一つにまた様々な含蓄・解釈があるものと思います。今回テーマに選んだ句に沿って武と心の在り方というものを、現時点での自分なりに考察してみました。

 武の面から考察しますと、会で行っている稽古の全てがそれに当てはまると思います。
 剣を振るう時、それは命のやりとりという究極の局面です。間合いと刃筋、呼吸を意識しない稽古では、有事に不覚をとってしまうでしょう。そのためには形の修練と約束組太刀、試斬をよくし、それらが駆け引きを伴う自由組太刀に活かされていかねばならないと考えます。
 相手の動きに対し、自分はどのように動くか、瞬間の連続ですが、様々な状況が絡み合ってきますので、選択肢は多岐に亘ります。つまり多くの技、即ち多くの麓の道を修練することによって、ついには有事の際に勝負を決することのできる一刀、雲井の月に至ることができるものと考えます。

 次に心の面から考察します。
 まず、同じ雲井の月とは何か。これは最後に到達する心境、鵬玉会でいうところの一法実無外ではないかと思うのです。
 究極の境地であるがゆえ、今の自分にとっては到底理解できるのものではありません。むしろ今の私は、まだまだ幾つかの道の岐路にいるにすぎません。これから先にどのような心境を経て、それがどのような変化を伴って広がっていくのか、正にこれが麓の道は多けれど、といった意味を持つのではないかと思います。
 武と心、この両輪を練り上げていくことで単なる武に留まらない、雲井の月に至る事ができるのではないかと思います。
 流祖はこの他に、更に参ぜよ三〇年という言葉も残されました。これと併せて考えると、道は果てしないものに感じます。
 先人の境地にはとても及ぶべくはありませんが、私は日々の生活や稽古の中で、常に向上心と探求心をもって努めていき、その武と心境の極致に少しでも近づくことができればと思います。また、ある時突然この解釈も変わるかもしれません。そうあるべく日々の生活や稽古に勤しんでいきたいと思います。(字数以内)

作品No.20

38 未 性(さが)を張(は)る 人と見るなら 前方に 物あらそひを せぬが剣術


今回選んだ38番目の句で、「性(さが)を張(は)る 人」と聞いて真っ先に顔が浮かんだのが、ロシアのプーチン大統領だ。近日ではニュースで名前を聞かない日もない。
この21世紀にウクライナに対して時代錯誤な戦争を仕掛け、世界中を恐怖に陥れて、世界中から批判を受け続けているにも関わらず・・・と続けると政治的な内容になりそうなので、一旦プーチン氏の話は終止することとしよう。
流祖、月丹の生きた時代より現在まで「弱い犬ほどよく吠える」等と比喩される様に、実は弱い者ほど自分を強く見せようとして、大事でないにも関わらず自身の力を見せつけるために不要な争いをふっかけてきたのではないかと思われる。
実際に強い者は、弱い者に向かって刀を抜くべきではなく、ましてや自分の力を誇示するためにそのような争いをするべきではないことは言うまでもないが、現代においても刀が言葉の刃に置き換わりメディアや、SNSなどで日々同様のことが続いているのは悲しいかな人間の性(さが)なのだろうか?
もしかしたら、かの戦争の様に現代においても自分自身や弱き者を守る為にも刀の力(剣術)が必要な時は、あるかもしれない。
しかしながら、自分の力を誇示したり、ただ己の欲望の為だけに剣術を使うのではなく、常日頃より有事に備えて自分自身の剣術の腕と本当に必要となる時がいつなのか自分自身の心を鍛えておくものであるとこの句を解釈した。
古くから弱い者が犬に例えられる例として「負け犬の遠吠え」と言うのもあったが・・・
私自身、負け犬にならぬよう、己の欲望のに負けて己を誇示する為に他人を傷つけることなどないよう、そのような人から弱き者を守れるぐらい度量のある人物になるよう、日々精進、剣術の腕前と心を鍛えていきたいものだと思う。(字数以内)

作品No.21

10 體と太刀と 一致に成りて まん丸に 心も丸き これぞ一圓

武芸の道の最初の心得は、礼に始まり礼に終わる、であるだろう。
そして多分、同じように耳にするのが、心技体、つまりはこの歌ではないかと考える。

心と技と体のバランスが整うからこそ、最大限の力が発揮できる。角が立たない、は、他人との関係性だけをあらわすのではなく、己の心にも当てはまるのだろう。

道歌は、月を喩えることが多い。
月影は、夜陰を煌々と照らす。先のみえない武芸の道を照らすかのように。故に心に馴染むのだろうか。
丸みであり、光であり、教えであり、心であり。
歌にある月は、欠けた—-三日月や上弦或いは下弦の月を想起させない。
常にまんまる、望月なのは、私だけであろうか。

まんまる、丸き、円。ところで、この丸は平面なのだろうか、それとも球体なのだろうか、或いは螺旋を描き続けるのだろうか。
丸とは輪であり珠でもある。環と和と輪。日本語は単語一つの情報量が非常に多い。言の葉の国なので。

思えば、合気道などは、円周運動が実に多い。
円の動きは力を溜め、或いは逸らす動きなので、その足さばきが円を描くのは納得だろう。
同時に、スイングバイ航法も描く楕円は、放つ動きなのだろう。
真向斬る時は、真円にはならない。

さて、円環は、元の位置に戻る。
「一つより 百まで数へ 学びては」
なるほど、もとの初心となりにけるかな、ならば環は閉じた。

しかし—-経験学習サイクルよりは、サラリーマンにはお馴染みになった、トヨタ生産方式、カイゼンのあのPDCA図を思い浮かべると解りやすいだろうか、円を描き続けるあの螺旋を思い浮かべて戴きたいのだが—-因みにPDCAをざっくりというならば、Plan(計画)・Do(実行)・Check(評価)・Action(改善)を継続的に繰り返すことで品質の向上、最適化を目指す考えである—-あれを思い浮かべるとき、果たして、環は閉じるのだろうか、と。

仮にPをあるべき技の姿、形と考え、Dを稽古と考え、Cを先達に受ける指導と考え、Aを指導を基にした稽古と考えるならば。
この時、P-D-C-A-の次の段階のPは、元の位置のPではなく、一段階上がったPであるはずなのだ。
俯瞰でこのPDCA図を見た時、PはPの位置にあり、DはDの位置にあるため、円に見える。
しかしながら積み重ねられた時間=戴いた指導や稽古の分だけ、この環は高さ(便宜上、高さ、と表現するだけなのだが)を持つ。
つまりは螺旋、コイルのように積みあがった環ではないのだろうか。
この時、もとの初心は、平面的には同じ場所にありながら、他方多次元で考えるならば同じ場所にはない。
心こそ敵と思ひてすり磨け、また、行衛も知らず果てもなし、と稽古を重ねるならば、尚のこと。

すり磨くと表現されるのは、銅鏡であり、太陽、或いは月である。
天に常住。円き姿を心に抱く。(字数超過)

作品No.22

10  體(たい)と太刀と 一致(いっち)に成りて まん丸に 心も丸き これぞ一圓

百足伝コンクールを機に、鵬玉会公式サイトを初めてじっくり閲覧しました。まずは百足伝を検索。

「百足(むかで)という虫は、百本足はありますが、歩くのに(足が絡むことがなく)不自由はありません。剣術もまた同じように、気と剣と体が一致して無意識で行うようにならないといけません。」と中川士竜は残しています。私たちは凡人であることを胸に刻み、百足伝の心構えで修行に望まなければならないのでしょう。」

到達目標が高すぎる上に遠すぎです(涙)そこに辿り着くにはどうすればよいのか、サイト内をひたすら読みまくると、「月刊秘伝」に掲載された、無外流明思派宗家が鵬玉会に求めるものとして転載された記述を発見!

「居合で学ぶ第一段階は刀の抜き方と納め方、そして振り方です。居合の本義が抜き打ちであることは否定できない真実です。この抜刀、納刀という通常簡単に考えるところを徹底してやる。もちろん、それには稽古が必要です。しかし、徹底して学び研鑽することで、巻きワラなどは簡単に抜き打ちで斬れるようになります。かつて歴史の中で居合が実際に使われる可能性があった頃、言わば日々が生きるか死ぬかの境に居て相手が向かってきた時代と違い、巻きワラは自分に向かって来ないのですから。この第一段階で簡単に斬れるという事を分かってもらうわけです。

二段階は組太刀(剣術形)です。相手が向かって来なかった第一段階と違い、今度は相手も向かってきます。言わば刀が鞘のうちにあるときから、敵との間合いの測り合い、呼吸の合わせ方、からだの捌きや運足と、相当な駆け引きがあることを知るのです。相手のことを考えずに勝手に動いたり、無駄な動きをしたら間違いなく斬られるということもわかります。

こういう試斬稽古や組太刀稽古の後に、ようやく第三段階があるのです。それは、自分一人で行う居合形の稽古です。自分一人で行う居合形の稽古は何も考えなければ簡単で、深く知れば知るほど難しく厳しい。その違いは形をなぞるだけなのか、第一段階、第二段階の修練を積んで本来の居合の入口に立ったのかの差であろうと私は思うのです。」

私がこれを初めて体感できたのが、野送りと稲妻の連続稽古でした。野送りでは敵のイメージが出来ませんでしたが、稲妻を学ぶことで、細部は違えど実感としてイメージできました。しかしながら焦る心で余計な力が入り刃筋はぶれ、鍛錬が足りず体幹もぶれ、切れない刃筋に打ちのめされました。今後も地道に稽古を続けます。

礼儀礼節で始まり、百足伝・刀礼・体操・運足・素振り、型・組太刀・試斬、心得・刀礼・礼儀礼節で終わる稽古。

すべては繋がり円環を成す。

鵬玉会との出会いに感謝いたします。

體(たい)と太刀と 一致(いっち)に成りて まん丸に 心も丸き これぞ一圓(字数超過)

作品No.23

38 性を張る人と見るなら前方に物争ひをせぬが剣術

 昨年、百足伝40首の全体観として「兵法編」の歌9首、「稽古編」の歌5首の配置と繋がり・流れを確認し、「稽古編」最後の26番を取り上げた。今年は終盤に集中して展開する「剣術編」を取り扱いたい。
 「剣術」という語は34番「屈託の起こる心の出づるのはそは剣術になるとしるべし」にて初めて表れ、憂悶・沈鬱に対峙して克服した先に剣技や武術の錬成があることを示している。次に37番「剣術は何に譬へん岩間もる苔の雫に宿る月影」にて、百足伝の重要な象徴表現である「月」を引用し、剣術自体が無外流の探求する真理を反映したものであることを教えている。37番は実は3番「うつるとも月も思わずうつすとも水も思わぬ猿澤の池」と呼応し、「月」を扱う最初と最後の歌として起承転結、足して丁度40という関係も偶然ではあるまい。因みに3番は、鈴木大拙の『禅と日本文化』の中で「禅と剣道」の章にて無心の表象として引用されている。
 37番は、己の気性や性向を抑えられず、挑発的に向かってくる「性を張る人」に対しては、予め距離を置いたり布石を打って、無駄な争い事を回避することが肝要であり、それが剣術の心得であることを伝えている。
 仕事柄、人材育成や仕事術等の啓発にも従事している中、日頃、折に触れて強調するのが、マインドセット、プロアクティブ、GRIT(やり抜く力)の三点である。2番目のプロアクティブとは、先読み力=起こりうる出来事(問題)を推測・発見する力を磨いて、一歩先に行動することであり、後手後手君にならず、先読み君になろうと説いているが、「前方に」は正にプロアクティブと同義に近く感じており、剣術以外への示唆も受ける。  
 ビジネスでも交友関係でも、残念ながら意を尽くしても「心理的安全性」が感じられない局面はあり、そうした時は「物争ひ」を避けるべく、上手に立ち回りたいものである。
一方、相手の言動から心象を見抜くこと、また、起こりうる事象を見極めることは、そう簡単なことではなく、日頃からの鍛錬や実践の連鎖が欠かせない。幸いにも、その指針は「稽古編」に示されており、その昇華された世界は「兵法編」に表されている。
 今回の「剣術編」3首は、「我流編」3首(来年のテーマと想定)と相俟って、百足伝中、独自の位置づけと存在感を持って、私たちに生き方のヒントも語りかけてくる。
「兵法編」「稽古編」「剣術編」「我流編」を合わせて20首、ちょうど40首の半分に当たる。毎年ながら新たな気づきや示唆をいただく百足伝。本当に奥深く、有り難く、素晴らしい。毎月の唱和にも心を込めたい。(字数以内)

作品No.24

21 立会はば 思慮分別に 離れつつ 有そ無きぞと 思ふべからず


先日、昇級審査をしていただいた時、印象に残ったことは「審査の時には普段しないミスをする」ということでした。
審査の時は、うまくできるか、ミスをしないか、うまくやりたい、そういう気持ちが緊張を誘い、先へ先へと焦って細かいところに意識がいかなくなっていました。
頭でいろいろなことを考えてしまい、目の前のことが見えなくなる。その瞬間の自分の動きに気持ちが向いていないのだなと思いました。
「立ち会う」という場面は、敵と対峙した時だけでなく、日常生活の様々なところにあると思います。大事な試験や仕事、何かを決める時。その他にも、毎日繰り返していることや会っている人とも、その一回一回に「立ち会って」いるのではないかと思いました。
全く同じ状況というものはなく、その時々で体調も違えば経験も違って、毎回違う条件の元で臨機応変に合わせていくには、頭で考えることだけではなく、気持ちを向ける、心を込めるということが大事なのかもしれないと思いました。
それはまた、自分本位の都合や不安、心配事から一旦離れて、周りに目を向けてみるということにもつながるのかもしれません。
今まで稽古してきたことや経験は大切ですが、そこにどうしても成功体験や苦手意識が生まれてしまい、今、この瞬間に向き合うということではなくなってしまうのではないかと思いました。
成功体験に奢れば見落とすものがあり、苦手意識や恐怖に囚われれば固くなって動けなくなることもあると思います。
ですが、そういった雑念や囚われを捨てるのはなかなかできなくて、だから「離れる」、という言葉にハッとしました。不安や驕りも自分の一部、それは否定するのではなく認めつつ、離れたところで事に臨む。そんなアドバイスをいただいたように感じて、頭に置きながら稽古していこうと思いました。
これからもたくさんの学びや変化があると思いますが、それを離れたところで何ができるのか、どう向き合っていくのかを実践していきたいと思います。
命のやりとりは一度だけ。人や出来事との関わりも一期一会と思って、立ち会ったその瞬間を大事にしていきたいと思いました。(字数以内)

作品No.25

27 兵法は行衛も知らず果てもなし 命限りの勤めとぞ知れ

 日々、稽古をしていて武道とはと聞かれることがあります。人によっては一生続く長いマラソンと表現する人、終わりのない長い旅と言う人などいろいろな人がいますが自分は、その答えを相手を制する技術を学ぶこという答えが出てきました。当然、相手がいることなので勝った負けたと表面的な結果ばかりを考えてしまっていましたが今はそれだけでいいのかと思います。自分は武道は体を鍛えるだけでなく心の修行だと思います。

 心の修行だとしたら一生続くと思います。それが人生と同じだとしたら先のことは誰もわからないし終わりもない修行ならまさに「兵法は行衛も知らず果てもなし」です。武道が一生続く修行ならば毎日の生活の中にも稽古が隠されているとすると何気ない毎日をただ過ごすのではなく例えば歩いたり座ったりすることも大事な稽古だと思い一日一日を大事に過ごしていくことで実際の稽古をしたときに新しい発見があったりできなかったことができたりと日々の小さな努力の大切さを知ることができることで小さな成果から大きな成果へと一歩一歩と先はとても長い道のりですが、焦らずゆっくりと近づいていけると思います。そんな武道の長い道のりを進んでいくと日々の生活の中での稽古を繰り返していくことで気づいたときには武道の成果だけではなく生活習慣、自分の考え方や仕事の仕方とか毎日の小さないろいろことに気を配ることができたり日々の生活の中で小さな発見があったりと同じことを繰り返して続けて自分の中でほんの少し変化があったことに自分は気づくことができるような稽古や毎日の生活を行うことができてそのことに気づくことができることが自分の中の新たな喜びを知ることができることだと思える人に自分はなりたいです。(字数以内)

作品No.26

8 わけ登る麓の道は多けれど 同じ雲井の月をこそ見れ

 この一首は、何かを始めるときはいろいろなきっかけや、環境があるけれども最終的にいきつく所は同じだと言っていると考えました。

 確かに、どんな山でも登っていけば結局山頂に行きつきます。

 しかし、山には曲がった道や下りの道、登りの道などいろいろな道があります。なので、「わけ登る麓の道」によって、経験できる事はちがってくると思います。また、わけ登る道によっては登っている途中できつくなってあきらめてしまったり、その山の麓に行って山頂を見ただけでその山に登った気分になってしまったりすることもあると思います。それを歌ったのが、百足伝29「麓なる一本の花を知り顔に奥もまだ見ぬ三芳野の春」や、36「兵法をあきらめぬれはもとよりも心の水に波は立つまじ」ではないかと考えました。

 これは、他のことにも通じるのではないかと思います。

 例えば、数学でも、計算を間違えなければ答えは一緒になりますが、答えを出すにはいろいろな解き方があります。また、日本刀の鑑定も正解は一つしかありませんが、人によって見るポイントは違います。

 僕は刀や歴史が好きで居合を始めましたが、あらためて何を目指しているのか、と聞かれると、自分にとっての「山頂」が、どこなのか正直なところよくわかりません。なので今は、形や組太刀をもっと磨くことや、大会に向けて稽古を続けていくことを頑張りたいです。

 この一首を選んだ理由は、簡単に書けそうだったからですが、考え始めるとすぐに思った以上に難しいのがわかりました。いつも稽古前に声に出している百足伝ですが、いざコンクールがあるとじっくり意味を考えることができました。ただ、テスト週間と同じ期間だったので、とても大変でした。(字数以内)

作品No.27

23 朝夕に 心にかけて 稽古せよ 日々に新たに 徳を得るかな 

 私はまだ入会して日も浅く、そもそも百足伝の詩のすべての意味を理解して読むことがまだ出来ないのですが、一つだけ特に心に残っていて、居合をしていない普段の生活の中で時折思い出す詩があるので、今回はそれをご紹介させていただこうと思います。

 それは、23番 「朝夕に 心にかけて 稽古せよ 日々に新たに 徳を得るかな 」 です。

 この一節を選んだ理由は、単純に詩の意味を推測しやすかったことと、居合の稽古に通い始めて間もないころに、百足伝の読み上げでこの詩に出会ったことがきっかけです。
 きっと、朝晩に真面目に稽古をして毎日成長していこう。というストイックに鍛錬する私の持つ侍や居合をする方のイメージと合致し、かの有名な示現流の言葉の、「朝に三千、夕に八千」に親和性があることを覚えたことがきっかけで私の中の印象に強く残りました。
 ですが、私は努力をすることから逃げがちな人間なので、いかにも日々の積み重ねや継続と言ったニュアンスを持つこの言葉は私とは縁遠いもので、なぜこの言葉がここまで私の心の中にずっとあるのか、ふと疑問に感じることがありました。
 それでも、理由のないものだろうと思いこみ、考えることはしませんでした。
 しかし、何度目かの昇級審査の後になぜ、この言葉がずっと気がかりだったのか気づかされました。
 その日、見ていただく内容はさほど多いわけではなく、日々の稽古でやっている所作などが大半で、だいたいできるだろう、と大した実力も伴わないのに努力を怠っていたところがありました。
 そのまま審査に臨みましたが、当然良い結果は出せませんでした。審査が終り、帰路についたときに、脳裏にあの言葉が浮かんだのです。

「朝夕に 心にかけて 稽古せよ 日々に新たに 徳を得るかな」

 私は最低限の努力で物事を成功させることこそが最適だと思い込み続けていて、努力する中で自分を成長させることから目を背けていました。頑張って何かに取り組み、夢を掴もうとする過程で、自分の努力が実らないときのことを恐れているという、自分の中の見たくない弱い部分が露わになりました。
 今回は昇級をなんとか認めてもらえたけれど、もし次の審査のために努力して落ちたらどうしよう、と考えても仕方のないことばかりに目が向いてしまっていることをやめ、全力でぶつかってみよう。まずは居合から、と決めました。
 そこからは吹っ切れたように自主的な稽古により力を入れ、合宿にも参加し、先輩の方々にわかるまでご指導いただけた結果、次の審査では練習の成果を発揮できました。(字数以内)

作品No.28

19 兵法はつよきをよきと思いなば終には負けと成ると知るべし

強さとは何か。
この一首が私たちに問うていることは、そこに帰結しているように感じます。
力があるからといって勝つわけではない、強い剣に頼ると負けてしまう、とありますが、ではどういう人間が勝ちなのか、どういう人間が強いのかということには言及していません。
それゆえに、自分で考えて実践しろという後世へのメッセージだと受け取りました。

私は、結局どれほど技術を身につけようと、どれほどの力を得ようと、真の強さというものは人の内側から湧き上がってくるものだと信じています。
この一首にもあるように、強きをよきと「思」った瞬間から負けが始まります。
つまり、強さや弱さは人の心がつかさどっているもの、心の在り方がその人の強さを決めているということです。
私はこれまでの人生でさまざまな人を見てきましたが、どれほど立場が上の人や力が強い人であっても、心の強さは表面に滲み出るものだと感じました。
その上で思うことは、自分の弱さを知った上で、大切なものを大切にできる人が真に強い人ではないかということです。
自分自身に虚勢を張らずに、自分の醜い部分とまっすぐ向き合えること。
その上で等身大の自分を信頼し、他者を思いやれること。
これらを正確に実行することがどれほど難しいか、これまでの人生で思い知りました。
それを踏まえて「居合の道」という視点に立ち返りますと、強い人は皆、何かを守るために剣を抜いているように感じることが多くなりました。
それは自分の命かもしれないし、仕えている主人かもしれない、もしくは大義、伝統、あるいは国そのものだったこともあったでしょう。
そういうものの影が薄くなり、刀が必要ではなくなった時代に居合道を学ぶということは、一見意味がないことに思えるかもしれません。
実際、「何かの役に立つの?」と人に言われたこともあります。
しかし、命のやり取りをする中で生まれたこの武道は、現代に生きる私たちに生き方や在り方そのものを教えてくれている気がしてなりません。
刀を振っていると、剣の実力だけでなく、まるで鍛刀するように自分の心がまっすぐ鍛えられていくのを感じます。
その上でふと今まで歩いてきた道を振り返ってみますと、ここまで生きてこれた自分自身はもちろん、自分と関わってくれる周囲の人たち、居合道との縁、そして自分の手に握られている刀、すべてが心の底から大切に思えてきます。
私は居合の道を歩むことで、そういった大切なものを大切にできる人間でありたいと強く思います。
表面の強さに心を奪われず、真の強さを自分で見つけ出せてこそ武士である。
居合でもそれ以外でも、そういった戒めを私に与えてくれた、大切な一首です。(字数超過)

作品No.29

36 兵法(ひょうほう)を あきらめぬれは もとよりも 心の水に 波は立つまじ               

 この歌は「あきらむ」の意味をはっきりさせておかなければ、真逆の意味になってしまいそうだ。「あきらむ」は「明らかにする」という古語であって、現代語の「あきらめる」ではない。「ぬれ」が何なのか?それを理解しなければ、現代語の「あきらめれば」にうっかり見えてしまう。

 この「ぬれ」は完了を表す古語の助動詞「ぬ」の已然形だ。そうするとこの意味はこのように読めると思う。

 「兵法をものにしてしまったら」

 40首を読むと、「兵法」とは現代で言う「武道」を言っているように思える。「(多賀自鏡軒言うところの)われわれの無外流をものにしてしまったら」と考えたらどうだろう。

 この「あきらむ(明らかにする)」段階は、おそらく武道修行の最終段階のようなものだ。だから、36番目、いよいよ終盤に登場した歌なのだと思う。そんな段階に至れば「心の水に波は立つまじ」である。

 古文的アプローチを続けてみよう。「まじ」は「確信の推量」だ。「あり得ない事態であることを、確信をもって推量する」という意味だという。

 「心の水に波は決して立たないだろう」である。

 さて、人は感情に支配されがちだ。最近の研究では人は高齢になれば、感情を押さえることが生理学的にできなくなってくると言う。ニュースで言う「キレる高齢者」だ。

 しかし、高齢者が「キレる」なんて私が子どもの頃は聞いたことがなかった。高齢者のイメージは、動物で言えば、ふくろうであり、何でも知っているし、優しいし、相談する対象だった。いつから自分をコントロールできない人が、高齢者に増えたのだろう。

 かたや座禅は自分に集中する過程で自分を俯瞰して見るため、「もうだめだ」と思う神経の働きを阻害し、活路を見出すための力になるそうだ。前者の働きが強ければ、これだけストレスの多い社会では「鬱」になりかねない。無外流は「動く禅」だと言われるが、これに通じていけば、おそらく「感情の起伏に支配される自分」をコントロールできるのではないか、という所以だ。

 そう、無外流居合を通じて自分をコントロールできるようになる、生死を分ける境では、自分に克つことで死地を脱することができるのではないか。これはただ技術だけを身につけるのとは明らかに舞台が違う。

 このような武道を学ぶだけではなく、考える機会がある組織に身をおける運と縁は並大抵のものではない。豊かな人生、社会人であるために、私は一歩ずつこの道を明らかにしていきたいと思う。(字数以内)

作品No.30

 24 長短(ちょうたん)を 論(ろん)することを さて置(おき)て 己(おの)が心の 利剣(りけん)にて斬 れ

この歌は、昨年公開された「燃えよ剣」で描かれた幕末の京都だった。 私が学生時代より憧れていた京都の町で、幕末の獅子たち、新撰組一人一人の思いが日々熱く 語られていた光景その物でした。 芹沢鴨には芹沢鴨の、近藤勇には近藤勇の、土方歳三には土方歳三の、沖田総司 には沖田総 司の、斎藤一には斎藤一のそれぞれの長所と短所があり、また彼らそれぞれが新しい時代への 長所と短所を日々熱く語り合い、それぞれの大義に命を懸ける姿が美しく、時に悲しく。 他の小説や映画などではあまりよく描かれないこともある土方歳三ですが、この作品では己の心 の利剣にて最期の五稜郭の闘いまで突き進む姿に我を忘れ、スクリーンに釘付けになってしまっ ていた2時間半でした。 そんな素晴らしい映画の制作にご尽力された武田会長、鵬王会の偉大さに感銘を受け、誇らしく 感じた物です。 ここ数年、幕末の動乱さながらのパンデミックが起きたり、令和の世の中でこんなことが起こるな どと夢にも思っておらず本当に信じられないことの連続でした。 一時は、鵬玉会の稽古も中止せざるを得ないような状況で、居合から気持ちが遠のきそうになっ たこともありました。しかしそこは鵬玉会!すぐにオンラインでの稽古の場を立ち上げてくださった り、また我が支部では支部長のお心使いのお陰で、何とか今日までお稽古を続けてくることがで きました。

流祖 辻月丹により創始されて300余年。 「長短を論することをさて置きて己が心の利剣にて斬れ」 数々の流派、会で、それぞれの長所も短所もあるがそれをとやかく言うよりも、無外流鵬玉会を 選ぶ心に曇りがなかった自分自身のことを褒めたいと思う。

パンデミックや侵略など世知辛い世の中でも、鵬玉会が一際煌めく会であり続けることを今宵の 月に祈念しよう。(字数以内)

作品No.31

23 朝夕に 心にかけて 稽古せよ 日々に新たに 徳を得るかな

この道歌は私にとって背中を押してくれたものであり、かつこれから死ぬまでに心に刻みたいもの、自分にとって大切な人に伝えていきたいものだと考えています。

そもそも私が居合をはじめたきっかけは、昨年第二子の誕生をきっかけにしています。
いつか子供たちが大きくなった時に自分が仕事以外に何かに熱中している姿を見せたいな。そもそも自分がずっと心のどこかでやりたいなと思っていたことって何だったっけ。と考えた末に入門させて頂いたのが鵬玉会でした。

そこからあまり実際の稽古にお邪魔することは出来ず、たまの時間にテキストブックとDVDを見て見様見真似で自主稽古をしていました。
行けなかった理由に仕事や家族の都合もありましたが、一番自身の心にあったのは(ある程度予習したうえで行かねば失礼じゃないか。恥ずかしいのではないか)というものでした。
もちろんそんな事は誰も言ってないのですが、社会人12年目の変な自尊心がそんな考えを作り上げていたのかなと今となっては思います。

そのような中ご縁もあり、あるお坊さんから禅について教えていただく機会がありました。その中で心に残った言葉が「無用の用」というもの。
そのお坊さんの言葉をお借りするに
「からっぽだから価値がある。そういう面もある」との事。
なんだか色々吹っ切れたような感覚を覚えています。

居合のことで言えばある意味からっぽ。何も入っていない。
考えようによってはかなり価値のある状況なんじゃないかと。
学べることばかり。そのような状況を楽しまないほうが損だと。
よく考えればこの前会社の後輩に仕事を教えるときに似たような話をしたぞ、と。
「最初のうちはわからなくて当然。少しずつ挑戦してみなよ。」と。
一番わかっていなかったのは自分だったみたいです。

やっと実際の稽古を始めつつある日、会長から教えて頂いた話の中で百足伝は禅に通じるものがあるというお話を聞き、見様見真似で噛みながら復唱していた百足伝に一層興味を持ちました。そのような中で見つけたひとつの道歌。

「日々に新たに」それを感じながら稽古をすることはこのうえない喜びなのだと思います。教えも含めながら喜びも詠ったものなのかなと思いました。

私の中で勝手に点と点を線で結び付けたものかもしれませんが、この道歌を心に刻み、自身も励み、後世に伝えていけたらなと思っております。

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