わが師 新名玉宗と
意識や心構えの違いは
如何ともし難いなぁ
先日、わが師、無外流明思派 新名玉宗宗家からSMSが届いた。
このSMSの中に大きなヒントがいつも隠れている。
だから、私は携帯からPCに送り、フォルダに分類するようにしている。
師と弟子は親子であり、兄弟である。
一門と言ってもほとんどは会員であって、師と弟子ではない。
ご宗家は「会員は名前を覚えられないよ。弟子じゃないからな。」
弟子ではないから、核心のところまでは教えてもらえない。
教えてもらいたければ、出発点に立つしかないのだ。
新名宗家にとっては、弟子とは奥入り書をもらって、武号をつけてもらった直弟子のことを指す。
しかし、それでも宗家曰く
「武号は自分で考えてこい。俺はいちいちつけないよ」
あとあとそれを聞いて驚いたんだが、なぜ驚いたかと言うと、私の武号「鵬玉」は紛れもなく、ご宗家がくださった名前だからだ。
今から12年ほど前のことだ。当時、一門には破門、除名が連続するという、お家騒動が勃発していた。後ろ足で砂をかけるように出て行った弟子を何人も見た。
私はそんなとき、連絡をとって出て行った人たちと会って話を聞いてみた。
冷静に分析することで、学びたかったからだ。
ときには私が会いに行くときに、猛者を何人も待機させていた人もいた。
まあ、仮にも出て行った人たちは、他の人より目がいい。私のことを一門きっての武闘派とわかっていただろうから、私が行くことは、爆弾を抱えてやってくる、くらいのイメージでとらえたのかもしれない。
しかし、私は学んだ。
「人は大義を語り、私欲に走る」とマキャベリは言った。
私はそうなるまい。
「このまま残れば泥船だ。一緒に来れば、輝かしい未来が待っている。俺と一緒に来るべきだ」と言って私を誘った人もいた。
そうだ。あのとき、集英社インターナショナルの元社長、元週刊プレイボーイを100万部雑誌にした伝説の編集長 島地勝彦先生にも相談したことを思い出した。
「武田、それは簡単だ。お前を一番かわいがってくれた人のところにいるべきだ」
それは新名宗家で間違いなかった。
たとえ沈んだとしても、師に後ろ足で砂をかけて出て行って、天が許すはずがない。
それは武道家ではない。
師を裏切り、自分から出て行ったものが、武道の何を語る資格を持ちえようか。
武道家としての名前が泥にまみれるより、沈む方がましだ。
私がご宗家のそばにいる限り、この船は泥船にはさせない。
その覚悟が私にはあった。
私は、いくつかの団体からの誘いを断り、ご宗家とともにいることを決めたあの日、武号をいただいた。
新名宗家のSMSに話を戻そう。
「自分が稽古しているのは武道だと呼称しているが、実態は違う。
文化を稽古し、それを片手間で教えて小遣いを稼ごうと考えている人と、正社員としての安定した仕事を辞め武道で喰っていこうと考え活動している人の意識や心構えは、月とスッポン。釣鐘と提灯の差があるのは当たり前。」
ああ、私のことを言っているなあ、と思った。
会社を辞めるときはお先真っ暗だった。
業界ではちょっとは知られていたが、「仕事をとるか、居合をとるか決めてくれ」と言われて仕事を辞めた。
仕事は・・・言ったら身も蓋もないが、私でなくてもいいと思った。
でも居合は、私には責任がある。
いや、金を稼ぐつもなら、居合の団体なんかやらずに、マーケティングとブランディングの能力をフルに活かせば道はいくらでもあったかもしれない。
そうだ、「無外流居合を背負う責任」をその瞬間考えたのだ。
「プロは俺と武田さんだけだ。武田さんの気持ちが本当にわかるのは俺だけだ。」
あとあと言われたときは感動した。
新名宗家の師である塩川宗家は「プロというのはそこで命を賭けられる者だ」とおっしゃっている。
ご宗家のSMSは続く。
「まあ、仕方がない事でしょう。
スッポンや提灯は、月や釣鐘の立場に立った事がなく、その意識や心構えを理解出来る訳ではないから、止むを得ないでしょうが、スッポンや提灯が、あたかも自分は月や釣鐘であるかのような話をしたり態度をとるのを聞いたり見たりすると、「この若輩者め、二度と偉そうな事を言えないように、また大きな態度がとれないように、一度相手をしてやろうか」と思う事もありますが、それは大人げない事だ。法華経如来壽量品第16の御経のようでいるのがオレの立場だと思い直し、坐禅する事にしました。
(ここが塩川先生と違うところ。オレの方が先生より、ちょっとだけ余分に勉強しているからね)」
新名宗家によれば、塩川先生は禅にはいかなかったらしい。
先日、新名宗家に「ご宗家が碧巌録の話を先日されていたので、私も大森曹玄老師の碧巌録を買いました。疑問に思ったんですが、ご宗家は禅の指導を受けられたんですか?それとも独学ですか?」
禅僧の指導で坐禅はしたそうだが、禅の勉強は独学だと言う。
よし、私もがんばってみよう、と思った。
「武道の前の武術というモノがどういうモノか。
命を懸けて、命をとり合う武術とはどんなモノか。
良いか悪いかは別にして、文化を稽古している人達には、一生解らない事だろうと思いますが、それも良しでしょう。
皆が皆、解らないから、解る人達に価値があるというものですからね。
しかし、本気になって稽古する人達がいなくなりましたねぇ。」
私は極真空手で「殺してやる」と向かってくる人たちの怖さも、何をするか定石なんて吹き飛ぶことも知っている。
その点で私にはアドバンテージがある。
鵬玉会の無外流が武道であって、文化ではないのはその点だ。
居合は実際に敵と戦うことはほとんどない。
実際に戦っているのは、他は知らない。鵬玉会の自由組太刀だけだ。
だから中学生の妄想のようなことが多々説明される。
実戦を通して、そうならないよう、この武道の核心に近づこう。
ただ一人、本当に命のとりあいをして生き残った塩川宗家、その薫陶を受けた新名宗家の弟子として、ここからも走っていこうと思う。