無外流の歴史

無外流の歴史3 近代から現代へ――受け継がれた無外流

無外流とはindex
無外流の歴史
1)流祖辻月
2)江戸時代の伝播と現代までの継承
3)塩川・新名伝から鵬玉会へ
4)流祖から鵬玉会までの流れ

無外流を考える
1) 無外流の特色
2) 無外真伝剣法訣 2
3) 無外真伝剣法訣 3
百足伝

近代の無外流居合兵道を整理した中川士龍申一

 高橋家に伝わった無外流を受け継ぎ、近代における無外流居合兵道の技法と伝承を整理した人物が、中川士龍申一です。

 中川士龍申一は、高橋赳太郎から無外流を学びました。
 高橋赳太郎から伝えられた無外流は、孫の高橋秀三や中川士龍申一らへ受け継がれました。

 中川士龍申一は、伝承されてきた居合形、剣術、口伝、思想を研究し、無外流居合兵道として整理しました。
 また、『無外全書』『無外真伝兵道考』などの著作を遺し、無外流の歴史、技法、伝承を後世へ伝える上で、大きな役割を果たしました。
 今日、私たちが無外流を体系的に学ぶことができる背景には、中川士龍申一が伝承を整理し、記録として遺した功績があります。

※「龍」の表記は、石井悟月善蔵先生が遺した記載に基づいています。

高橋家の伝承と土佐土方派

 中川士龍申一について記された資料には、師である高橋赳太郎の紹介により、土佐土方派の川崎善三郎からも指導を受けたとする記述があります。

 中川士龍申一は、高橋家に伝わった無外流を基礎としながら、別系統に伝えられていた技法についても学び、研究したと考えられます。
 ただし、現在の無外流居合兵道に伝わる個々の形や技法が、どの系統から、どのように採り入れられたのかについては、確認できる史料に限りがあります。

 そのため、このページでは、史料によって確認できる事実と、そこから考えられる見解を区別して記載しています。

中川士龍申一以後の無外流

 中川士龍申一の没後、無外流は複数の免許皆伝者と門下によって受け継がれました。

 その後継をめぐっては紛争も起こり、現在では、無外流の名称を用いる複数の系譜、団体、伝承が存在しています。

代表的なものとして、

  • 石井悟月善蔵へ伝わった系統
  • 塩川寶祥照成へ伝わった系統
  • 中川士龍申一の晩年に免許皆伝を受けた師範たちの系統
  • それぞれの免許皆伝者から弟子へ伝えられた系統

などがあります。

 同じ「無外流」を名乗る団体であっても、伝承された形、組太刀、口伝、免許制度、系譜は必ずしも同一ではありません。
 そのため、それぞれの団体が、誰を師とし、どのような技法と免許を受け継いでいるのかを、明確に示すことが重要です。

左から塩川寶祥先生、大森曹玄老師、中川士竜先生

塩川寶祥照成から新名玉宗豊明へ

塩川寶祥

 塩川寶祥照成は、中川士龍申一から無外流を学び、その技法と思想を受け継ぎました。
 塩川宗家は、居合形だけにとどまらず、組太刀と試し斬りを重視し、無外流居合兵道を実際に刀を扱う武道として伝えました。
 また、戦後の居合道の普及、形試合の発展、指導者の育成にも力を尽くしました。
 その塩川宗家のもとで長年にわたり修行を重ねたのが、新名玉宗豊明です。

 新名玉宗は、塩川宗家から無外流居合兵道の免許皆伝を受け、その技法、組太刀、試し斬り、口伝、思想を継承しました。

塩川先生の初盆の祭壇。遺影の両横には「無外流居合道 明思派宗家 新名玉宗」の立札が立てられている。

新名玉宗

現代の中興の祖・新名玉宗豊明

 新名玉宗豊明は、塩川寶祥照成から受け継いだ無外流居合兵道を、現代において組織化し、全国へ広げ、多くの門人と指導者を育成した宗家です。

 1987年に東京都杖道連盟を創設し、杖道と居合道の普及を開始。
 1994年には、居合修道者を中心とする武道教授団体・吹毛会を設立しました。

 その後、活動を複数の団体へ展開し、2007年にはNPO法人無外流、2008年には財団法人無外流を設立しました。
 新名宗家は、無外流居合兵道の形だけでなく、約束組太刀、試し斬り、内伝、奥伝、口伝を含む技術体系を指導しました。
 また、右手が不自由な人も居合道や組太刀を修道できるよう、玉心真刀流を創始するなど、武道を現代社会の中で広く伝えるための取り組みを行いました。

 新名宗家のもとからは、多くの指導者、支部責任者、団体代表者が育ち、無外流は日本各地だけでなく、海外へも広がりました。

 無外流を近現代の社会に適応させ、全国規模の組織として普及し、次世代を担う多数の人材を育成した功績から、国際居合道連盟 鵬玉会では、新名玉宗豊明宗家を、

現代の無外流中興の祖

と位置づけています。

新名玉宗豊明から第17代・武田鵬玉へ

 武田鵬玉は、2005年に無外流へ入門しました。

 2006年から新名玉宗宗家の直弟子として、約20年にわたり直接指導を受けました。
 その指導は、一般に稽古する居合形20本、内伝5本、奥伝3本、約束組太刀98本、試し斬り、無外流の思想、免許皆伝の巻物に記された教え、口伝、宗家相伝の秘伝にまで及びました。
 2026年7月4日、横浜武道館において、新名玉宗宗家から武田鵬玉へ、無外流居合兵道の免許皆伝が允許されました。

 同日、新名玉宗宗家から武田鵬玉へ、無外流継承の儀が行われ、武田鵬玉は、

塩川・新名伝 無外流居合兵道 第17代宗家

を継承しました。

 武田鵬玉が継承したのは、無外流明思派の宗家位ではありません。

 新名玉宗宗家から直接伝授された無外流居合兵道の技法、口伝、思想、系譜を、塩川・新名伝 無外流居合兵道として継承したものです。

 新名玉宗宗家は、現在も無外流明思派宗家であり、塩川・新名伝 無外流居合兵道においては先代宗家となります。

武田鵬玉

宗家相伝の秘伝

 無外流には、一般に稽古する居合形、内伝、奥伝のさらに先に、免許皆伝に「秘伝(口伝)」として記された秘伝があります。

 秘伝は5本あります。

 免許皆伝を受ける者には、その5本の名称だけが示されます。
 その名称から自ら1本を選びますが、それがどのような形であるのかは、実際に伝授されるまで分かりません。
 免許皆伝者は、その選んだ1本を宗家から伝授されます。

 一方、宗家継承者は、流儀に伝わるすべての形を次代へ遺さなければならないため、秘伝5本のすべてを伝授されます。
 さらに、5本には伝承された変化があり、それを含めると、実際には8本となります。

 武田鵬玉第17代宗家は、新名玉宗先代宗家から、宗家継承者としてそのすべてを伝授されています。

 秘伝の名称、動作、理合は公開していません。
 それは宗家の権威を示すためのものではなく、いざという時に流儀と門下を守り、その命脈を次代へつなぐ責任の相伝であると、武田鵬玉第17代宗家は受け止めています。


全国、そして世界へ

 武田鵬玉第17代宗家は、国際居合道連盟 鵬玉会を率い、全国の支部・道場とオンラインを通じて無外流を指導しています。

 鵬玉会では、居合形だけではなく、約束組太刀、自由組太刀®、試し斬りを一体として学ぶ「斬れる居合」を掲げています。

 形によって技を学び、組太刀によって相手との間合いと攻防を知り、試し斬りによって刀筋と刃筋を検証する。
 それは、塩川宗家、新名宗家から受け継いだ無外流を、現代の武道としてさらに発展させる取り組みです。

 また、全国大会、神社仏閣における奉納演武、映像作品の居合監修、行政や観光事業への協力、海外から訪れる人々への武道指導を通じて、日本の武道文化を国内外へ伝えています。

 流祖・辻月丹資茂から約350年。

 高橋家、中川士龍申一、塩川寶祥照成、新名玉宗豊明、そして武田鵬玉へ。

 無外流の技と思想は、師から弟子へと受け継がれ、今も次の時代へ向かって歩み続けています。