なぜ、鵬玉会の居合は他と違うのか

なぜ、鵬玉会の居合は他と違うのか

鵬玉会とほかの居合団体との違い

鵬玉会が他と違う大きな理由の一つは、塩川・新名伝 無外流第17代宗家自らが率いる、無外流最大の単一・全国組織であることです。
トップがどこまで到達しているか。それが、一門全体がどこまで挑戦できるかを決めます。

鵬玉会は実戦偏重主義である

外から見れば、どの居合団体も同じように見えるかもしれません。

袴を着ける。
刀を差す。
形を稽古する。

しかし、どこまで実戦を想定し、どこまで技を検証するか。そこに大きな違いがあります。

鵬玉会が大切にしているのは、「形を覚えること」で終わらないことです。

正しいと思っている動きは、本当に正しいのか。

斬ってみる。
戦ってみる。
そこで間違いが見つかれば、もう一度、形へ戻る。

やってみなければわかりません。
しかし、トップが試し斬りができない、あるいはトップが組太刀ができない場合、その内容は薄くなります。

しかし、鵬玉会のトップは、先代新名玉宗宗家の元で20年稽古を修め、すべてを許された塩川・新名伝 無外流第17代宗家の武田鵬玉。
だから、鵬玉会の無外流は、その繰り返しの中で磨くことができるのです。


1 宗家につながる一本の技術基準

鵬玉会は、塩川・新名伝 無外流第17代宗家・武田鵬玉を中心とする一門です。

武田鵬玉は、先代・新名玉宗宗家の直弟子として20年にわたり、形、組太刀、試し斬りを直接学びました。

そして現在、その技術を支部長、指導者、門人へとつないでいます。

鵬玉会では、支部ごとに別の無外流が存在するのではありません。

東京でも、福岡でも、海外でも、目指す技術基準は同じです。

誰に習うかによって、別の無外流になる。
鵬玉会は、そういう組織を目指していません。

宗家から指導者へ。
指導者から門人へ。

一本の基準でつないでいきます。


2 形だけでは、わからない

形には意味があります。

しかし、形を繰り返しているだけで、その意味を本当に理解できるとは限りません。

鵬玉会では、形で学んだことを、組太刀、自由組太刀®、試し斬りによって確かめます。

斬ってみるから、形の誤りに気づく。
戦ってみるから、間合いと拍子が、知識ではなく技としてわかる。
そこで得た答えを、もう一度、形へ戻す。

これが鵬玉会の稽古です。


3 約束組太刀98本。

無外流には、約束組太刀49本があります。

仕打を合わせれば98の動きです。

鵬玉会では、それを単に順番どおり演じるためのものとは考えていません。

なぜ、その間合いなのか。
なぜ、そこへ誘うのか。
なぜ、その瞬間に動くのか。

そして、表に見えている動きの裏に、何が隠されているのか。

武田鵬玉は、約束組太刀の中にある流祖・辻月丹の哲学を読み解き、それを実際の攻防へつなぐ方法を体系化しました。

形を覚えるための組太刀ではない。
戦いを理解するための組太刀です。


4 自由組太刀®――予定どおりに動かない相手と向き合う

約束組太刀では、打太刀と仕太刀の役割が決まっています。

勝つ人、負ける人が決まっていますが、実際の相手は、予定どおりには動きません。

避ける。
間合いを外す。
こちらを誘う。
思いもしないところから攻めてくる。

ならば、そこで古伝の技はどう働くのか。

その問いから生まれたのが、鵬玉会の**自由組太刀®**です。

自由組太刀®には、

「打太刀だから負ける」
「仕太刀だから勝つ」

という約束事はありません。

相手を見て、間合いを読み、拍子を変え、瞬間に生まれた隙へ身体が応じる。

古伝から離れるためではありません。
古伝が本当に働くところまで掘り下げるために行います。

※ 自由組太刀®は鵬玉会の登録商標です。


5 試し斬り――思い込みを刀で確かめる

形の意味や動作を語ることはできます。

しかし、自分では正しいと思っていた動きが、実際に斬ってみると斬れないことがあります。

その時、初めてわかる。

「自分の動きは間違っていた」

試し斬りとは、思い込みを刀で検証する修行です。

ただ斬れればよいわけでもありません。

姿勢、刃筋、間合い、抜き付け。

無外流としての動きがそろって、初めて技になります。

鵬玉会では、抜き打ち初太刀で斬ることを重視します。

形で抜いたその一刀が、本当に斬れるのか。

そこから逃げません。


6 宗家だけができても意味がない

武道の世界には、卓越した技を持つ人がいます。

しかし、その人だけができても、次の世代へ伝わらなければ技は個人芸で終わります。

鵬玉会が目指しているのは、そこではありません。

武田鵬玉自身が到達した技を分解し、門人が段階を踏んで登れる稽古方法へ落とし込む。

基本から始める。
斬撃を学ぶ。
袈裟斬り、逆袈裟、横一文字へ進む。
やがて、立技から抜き打ちへ。
そして座技からの抜き打ちへ。

宗家だけが斬れればよいのではありません。

宗家が切り開いた道を、門人が一段ずつ登れるようにする。

それが鵬玉会の考える「伝える」ということです。


7 「四位一体」と禅

鵬玉会の稽古は、形だけでは完結しません。

形。
組太刀。
自由組太刀®。
試し斬り。

この四つを循環させます。

そして、その根にあるのが禅です。

自由組太刀では、相手の構え、視線、呼吸、間合いを見る。

さらに、その先に起こる空気の変化を読む。

恐怖の中で自分を失わず、目の前の現実をそのまま見る。

そのために禅があります。

鵬玉会では、禅を武道とは別の精神修養として置いているのではありません。

刀を使うための稽古の中に、禅があります。

四位一体の無外流は、鵬玉会だけの特徴です。


8 大会も、合宿も、すべて修行の一部

鵬玉会には、形、自由組太刀、試し斬り、それぞれの全国大会があります。

勝つためだけに大会を行っているのではありません。

他人と比べることで、自分の現在地がわかる。

緊張の中で技が崩れる。

そこで、何が足りないのかを知る。

そして道場へ戻る。

合宿、奉納演武、坐禅、滝行も同じです。

一年そのものを、一つの修行体系として組んでいます。


9 だから、鵬玉会は違う

鵬玉会は、形を否定しているのではありません。

むしろ逆です。

形を本当に理解したいから、斬る。
形を本当に使えるものとして理解したいから、戦う。
そして、得た答えを再び形へ戻す。

その繰り返しです。

武道の根幹は、強さである。
ならば、居合の命は自由組太刀と試し斬りだ。

静かな形の中にも、戦いがある。

一本の刀の中にも、禅がある。

そして、宗家一人の技で終わらせず、一門の技として次へ残していく。

それが、鵬玉会の無外流です。


同じ無外流でも同じではない

無外流を名乗る団体は複数あります。
しかし、同じ「無外流」という名称であっても、誰から何を受け継いだのか、その系譜と現在の指導体系は同じではありません。

鵬玉会が継承するのは、塩川寶祥宗家から新名玉宗宗家へと伝えられた塩川・新名伝 無外流です。

2026年7月4日、武田鵬玉は新名玉宗宗家より免許皆伝を授与され、第17代宗家を継承しました。

鵬玉会が受け継いだのは、団体名や派名ではありません。
師から弟子へと伝えられた技と系譜そのものです。

全国でも、海外でも、同じ基準

鵬玉会は、無外流最大の単一・全国組織です。
先生個人の道場が集まった連合体ではなく、宗家を中心に、全国の支部と海外の門人が同じ技術基準を共有しています。

東京で学んでも、福岡で学んでも、海外で学んでも、目指す無外流は一つです。

さらに鵬玉会では、オンライン稽古によって、総本部と各地の門人をつないでいます。
遠方だから、海外だから、宗家の基準から離れてよいわけではありません。

場所が違っても、学ぶ基準は同じ。

国内でも海外でも、鵬玉会の無外流は一本につながっています。

伝統を守ることと、閉じることは同じではない

鵬玉会は、伝統を守るために閉じる必要はないと考えています。
稽古も、大会も、宗家の考えも、可能な限り社会へ発信する。

YouTube、WEB、SNS、テレビ、雑誌、海外向け映像。
国内だけでなく、海外にも無外流の魅力を伝えています。

強いなら、見せればいい。
技があるなら、隠れずに示せばいい。

それもまた、鵬玉会の姿勢です。

見るだけでは、わからない。