「自分には縁のない世界」から始まった
安村凰玉が語る
マドンナの鵬玉会【第一回】
けなげな女性が、大貫禄の副長になるまで!
居合に憧れながらも、
「女性が、大人になってから始めるものではない」と思い込んでいた一人の女性がいた。
望んでいたのは、道場の隅で、邪魔にならないように刀を振ることだけ。
大会も、昇段も、人前での演武も考えていなかった。
その女性は後に、国際居合道連盟 鵬玉会副長、錬士七段・安村凰玉となる。
なぜ、けなげだった一人の初心者は、誰もが一目置く「大貫禄の副長」になったのか。
安村凰玉が見た武田鵬玉。
草創期から現在へと続く、鵬玉会の素顔。
田中知博副長補佐が、笑いとともに聞き出します。


語り|安村凰玉副長
インタビュー|田中知博副長補佐
構成・編集|鵬玉会編集部
※本稿では、当時の役職に基づき、武田鵬玉を「会長」と表記します。武田鵬玉は2026年7月4日、新名玉宗より免許皆伝を授与され、塩川・新名伝 無外流第17代宗家を継承しました。
第一章 鵬玉会との出会い
自分には縁のない世界
田中知博副長補佐(以下、タナカ):
いやー、あらためて向き合うと緊張しますね。なんといっても『月刊秘伝』の「女性武道家名鑑」に、「女性の居合道家」として初めて載った人ですし。
安村凰玉副長(以下、副長): 変なこと書いたら、わかってるよね?
タナカ: ハイ~!(裏返った声で)では、ちゃんとお聞きします。(汗)
居合を始めたきっかけから、当たり障りがないように聞いてみましょうか?
副長: (笑)今から10数年くらい前になる計算かなあ。当時は、家と会社を往復する毎日。運動不足も感じてね。
タナカ: 普通の大人はそうですよね。学校に行っていれば「体育」もあるし、部活やサークルもある。なんなら、スキーやサーフィン、遊びの要素の運動をする時間ありますしね。
副長: それそれ。
タナカ: それでもって、学生時代と違って、運動不足でおなかが出てきたり、二の腕が太くなったり、たるんだり……(チラ)。
副長: こらあ! 失礼な!
タナカ: ひええ!
副長: でも、居合を始めて、二の腕は確かに締まったのよ。
タナカ: ちょっと二の腕、触っていいですか?
副長: こらあ!
タナカ: ひええ!
副長: このまま仕事だけの毎日、気づいたら一年、二年と過ぎていくって……嫌じゃない?
タナカ: あー! わかります!
副長: 何かね、仕事とは別に、自分のために続けられるもの。
そうね、自分と向き合える時間が欲しかったんだろうなあ、と振り返ったら思う。
タナカ: 違う自分に挑戦したいって、ありますよね。
副長: もう一つ、せっかく日本人として生まれたのだから、日本の文化に触れたいという気持ちがありました。
タナカ: 結果、世界から日本にお客様が来るようになった今、副長もリスペクトを受けてますよね。
やっぱりアイデンティティは重要だ、と思いました。
副長: でもね、ただ体験するだけじゃ嫌だ、と思ったのよ。
もし自分に許されるなら、それを身につけたいし、いつか後世へ伝えていく側にもなれたらいい。
タナカ: わかった!
やるなら本物を学びたい、と思ったんじゃないですか?
副長: そう! それ! よくわかったね?


