新しい「無外」

会場に翻った、新しい「無外」

宗家継承当日の揮毫と垂れ幕の掲揚

 2026年7月4日、横浜武道館。

 塩川・新名伝 無外流居合兵道 第17代宗家継承の日。

 この日の開会式で、武田鵬玉は巨大な白布に、ただ二文字――

「無外」

と揮毫しました。

 約350年受け継がれてきた流儀の名。

 そして、第17代宗家として、これから自らが問い続けていく二文字です。


開会式での揮毫

 会場中央に広げられた巨大な白布。

 武田鵬玉は、その前に立ちました。

 大きな布に向かい、一気に筆を走らせる。

 止まれば墨は滲む。

 ためらえば、線は死ぬ。

 やり直しはありません。

 必要なのは、一瞬の判断と、一気の筆勢。

 それは、刀を抜く瞬間にも通じます。

 決めた瞬間に、迷わず入る。

 この日の「無外」は、そうして書かれました。


「一法実無外」

 無外流では、流祖 辻月丹が得た「偈(げ・悟りの詩)」、

「一法実無外」

があります。

 宇宙の真理は、ただ一つ。
 外(ほか)には無い。

 武田鵬玉は、長くこの言葉を、

「真理の一刀を追い求めよ」

という、武道家に残された課題として捉えてきました。

 刀を持つ者ならば、その一刀を求める。

 つまり、目指すは
 できるべきことを、できるようにする。
 形を修める。
 組太刀を修める。
 刃筋を修める。
 間合いを修める。
 実際に斬れる技を身につける。
 相手が動いたときにも、学んだものが働くところまで稽古する。

 それなくして、真理を語ることはできません。


形を身につけ、その先へ

 無外流には、受け継がれてきた術があります。
 その術を器の意味で形(かた)だと考えてみましょう。
 それは無外流の20本、あるいは28本の形のことではありません。
 無外流の技術そのものです。

 まず、その形を身につける。

 形には、先人たちが残した理があります。

 だから、形を知らずに形から外れることは、「形破り」ではありません。

 あるべき形を身につけ尽くした者が、その理を身体の中に持ったまま、形を超えていく。

 その先に、初めて「破格」があります。

 そして、できるべきことができるようになったとき、そこに何かを感じる者がいます。

 十牛図を知り、禅を学ぶことで、その「何か」の意味を感じ始める者もいるでしょう。

 技術を伝えられ、それを身につけても、その先を感じない者もいるかもしれません。

 それでも技術は伝承できます。

 しかし、その先を感じる者がいる。

 技の向こうにある理を感じ、そのさらに奥へ進もうとする者がいる。

 そのとき、「一法実無外」は、単に究極の一刀を求める言葉ではなくなります。

 無外流を通じて、真理とは何かを問う。

 その問いへと変わっていきます。


免許皆伝の、その先

 第17代宗家となった今、武田鵬玉は、それまでの道を振り返って一つのことを感じています。

 免許皆伝までの道のりは、完成への道ではなかった。

 むしろ、

 その先へ入るための、入口だった。

 技を修める。
 できるようになる。
 その先に、初めて見える深さがあります。

 それは、技術の数では測ることのできないものです。

 新名玉宗宗家の道場には、「宮本武蔵」(吉川英治 著)の最後の文章として伝えられる言葉を記した額があります。

「雑魚は歌い、雑魚は踊る。
けれど、誰か知ろう。百尺下の水の心を、水の深さを」

 水面を見ているだけでは、その深さは分からない。

 潜って初めて分かるものがある。

 そして、さらに深く潜った者にしか見えないものがある。

 第17代宗家という位置に立って初めて、武田鵬玉自身も、その言葉の意味を以前とは違うものとして感じるようになりました。

 無外流は、深い。

 だからこそ、面白い。


四方祓い

 揮毫の後、巨大な「無外」を囲むように四名が立ちました。

  • 安村凰玉
  • 栗木六鳳
  • 田中知博
  • 箕輪朱翼

 鵬玉会の四天王とも言うべき彼らが、四方を守るように刀を抜き、場を祓う。

 四方祓いの儀です。

 新しく書かれた「無外」を中心に場が整えられ、宗家継承の儀は次の場面へと進みます。


先代から当代へ

 四方祓いの後、場面は静かに変わります。

 先代・新名玉宗宗家が、その席を立つ。

 そして、武田鵬玉へと席が譲られる。

 約20年にわたり、師から弟子へ伝えられてきたもの。

 技。

 思想。

 巻物。

 口伝。

 そして、その先にあるものを求め続ける責任。

先代から、当代へ。

その継承が、静かな動きの中で示されました。

先代 新名玉宗宗家が席をお譲りになる
当代となった武田鵬玉宗家がその席へ向かう
当代 武田鵬玉宗家がその席へ座った


第17代宗家の時代へ

 武田鵬玉が、その席に着く。

 ここから、

塩川・新名伝 無外流居合兵道 第17代宗家
武田鵬玉

の時代が始まりました。

 しかし、宗家継承とは「到達」ではありません。

 むしろ、新しい問いを引き受けることです。

 受け継いだ技を守る。

 思想を守る。

 次の世代へ伝える。

 そして、自らもまた、

 無外流を通じて、真理とは何かを問い続ける。

 第17代宗家となったその日から、その問いはさらに重いものとなりました。


大垂れ幕の掲揚

 そして会場には、開会式で揮毫された新しい「無外」の大垂れ幕が、壁一面を覆うように掲げられました。

 白地に、大きく書かれた二文字。

 無外。

 幕がゆっくりと会場の高い位置へ上がっていく。

 やがて、その二文字が横浜武道館の正面に姿を現しました。

 それは、この日に書かれた一枚の書であると同時に、

 第17代宗家の時代に掲げられた、新しい問いでもありました。

「ちびまる子ちゃん」「芸能人格付けチェック」の木村匡也氏と、ご臨席くださった、北辰一刀流玄武館 小西真円一之宗家六世。

新時代の幕開け

 約350年。

 無外流は、時代を越えて受け継がれてきました。

 師から弟子へ。

 先代から当代へ。

 そして、いつかまた次の世代へ。

 宗家が受け継ぐものは、完成された答えではありません。

 問いそのものを受け継ぐ。

 一法実無外。

 宇宙の真理は、ただ一つ。他にはない。

 その真理とは何か。

 無外流を通じて、それを問い続ける。

 2026年7月4日、横浜武道館。

 新しい「無外」の大垂れ幕が上がりました。

新しい「無外」の幕が上がる。

そして、第17代宗家の新しい問いが始まる。


映像で見る、揮毫から垂れ幕掲揚まで

 2026年7月4日、横浜武道館。

 この日の一連の流れを映像でご覧いただけます。

  • 「無外」の揮毫
  • 四方祓い
  • 先代から当代への交代
  • 第17代宗家誕生
  • 新しい「無外」の大垂れ幕掲揚

揮毫から、新時代の幕開けまで。

その日の記録です。

前の章

各界から寄せられた祝意

 第17代宗家継承に際し、各界から寄せられた祝意。

 高市早苗総理からの祝電、麻生太郎氏からの祝意、そして木村匡也氏による会場での読み上げを紹介します。


次に読む

西への奉告

京都・くろ谷 金戒光明寺

宗家継承を、一門の内部だけの出来事として終わらせない。

第17代宗家となった武田鵬玉は、ゆかりの地へ赴き、その継承を奉告します。

まずは、西へ。

京都・くろ谷 金戒光明寺。