孤高【第一部「血」第二回】母と二人

第二回 母と二人

「もの心がつく」というのは、思い出として記憶に残る情景がある、ということだろうか。

オヤジが家にいることは、あまりなかった。

オヤジのことを誤解している人がいっぱいいるのは、俺がはっきり書かないからだというのは、わかっている。

でもね。

この複雑さは、書けないよ。

だから、ぼんやりと書く。

オヤジがいない日は、いつもおふくろと二人だった。

おふくろは、二十歳で俺を生んだ。

友達のお母さんたちの中でも若い、本当に若いおふくろだった。

綺麗だったし、自慢だったよ。

俺は、かわいがられて育った。

金はなかった。

だから、おふくろの苦労は、ずっと見ていた。

オヤジの実家に身を寄せていたこともある。

ここで「祖父」と書くのは、「オヤジ」と呼んでいるこの原稿の中では、どうにもすわりが悪い。

だから、「おじいちゃん」と書くことを許してほしい。

父方のおじいちゃんは、おふくろと俺を不憫に思っていたんだろうね。

ずいぶん、かわいがってくれたよ。

それでも、幼稚園に上がる前までは、まだよかった。

家に金はなかったけれど、オヤジは毎月のように新しいスーツを作っていた。

テーラーを家に呼んでね。

カッコよかったんだよなあ。

でも、いない日が続く。

そして、何かうまくいかないことがあったときのオヤジは、本当に怖かった。

三歳くらいだっただろうか。

年末、おふくろの実家に泊まっていた。

そこにはソファーがあってね。

ソファーなんか、見たことがないだろ?

普段はおとなしい俺が、なぜかうれしくなって、その上で飛び回っていた。

そばにはストーブがあった。

ストーブに載せられたヤカンが、シューッと蒸気を上げている。

それを見て何を思ったのか、俺は飛び蹴りをしたんだよ。

当然、足に大やけどをした。

すぐに病院へ運ばれたから、跡は残っていないけどね。

いたたまれなくなったんだろう。

おふくろは、俺を連れて福岡へ戻った。

いけないことをしたのは自分だと思っているから、俺はしゅんとしていた。

でも、おふくろは俺を叱らなかった。

ところが、その夜。

寝ていると、台所で大きな音がした。

帰ってきたオヤジに、おふくろがやけどの話をした。

すると、オヤジはちゃぶ台をひっくり返して怒ったんだ。

俺が悪いのにね。

オヤジは、おふくろを責めていた。

帰ってこなければいいのに。

そのとき、そう思ったような気がする。

おふくろの実家は、古い武家の家だった。

玄関入ると、さすまたとか、鉄の棒があってね。「あれは何?」とおふくろやおばあちゃんに聞いたよ。なんか怖いよね、俺は小さいんだから。

おふくろのお父さん、つまり母方のおじいちゃんは、警察官だった。

俺がもの心つく頃には亡くなっていたから、記憶にはない。

けれど、なぜか手錠とピストルが、家に置きっぱなしになっていたんだよ。

今じゃ、あり得ないよね。

当時見ていた刑事ドラマ『七人の刑事』みたいに、俺はその手錠を自分の手首に、

「カチャーン!」

とはめてみた。

あれって、手が抜けないどころか、抜こうとすればするほど、どんどん狭くなるんだね。

泣いている俺に気づいて、おふくろと親戚一同は大慌てさ。

とうとう警察を呼んで、手錠を外してもらった。

「手錠とピストルは、預かっていきますね」

形見のように扱われていたんだろうな。

でも、それで無くなってしまった。

そのときも、おふくろはやさしかったよ。

怒られなかった。

怖いオヤジがいない日は、おふくろと二人だった。

俺は、なんとなく近所の子たちと合わなかった。

友達も、ほとんどいなかった。

だから、おふくろと二人で本を読んだり、一緒にご飯を作ったりした。

今も料理をしたり、片付けものをするのが苦にならないのは、楽しかったからだよね。

いつも「上手にできたねえ!」と褒められたし。(笑)

そんなことが楽しかった。

それが、俺の幼児の頃さ。