孤高【第一部「血」第三回】オヤジ

オヤジ

幼稚園前のオヤジの記憶。

あの頃、テレビで放送されていた「黄金バット」のマントが欲しかった。

確かガムを買うと、中にくじがついている、と言う。

買うって、何?

くじって、何?

でも欲しい。

おふくろがそんな俺に気づいて、ある日帰ってきたオヤジに言ったんだろう。

「ユウジ、ちょっと出よう」

俺の名前はユウジだった。

ついて行くと、近所の店。

当時はコンビニなんかないし、スーパーみたいなものもない。

野菜もちょっとした肉もお菓子も売っている小さな店が近所にあった。

「ユウジ、そのガムを開けていいぞ。」

お店のガムを開けていいと言う。

お店の人も見ている。

笑っているから開けていいみたいだ。

当たっていない。

オヤジを見ると、

「どれかまた開けていいぞ」

次から次に開けた。

やがて

「!」

あたりだ。

オヤジは金を払った。

俺は、当たったマントを抱きしめるようにして家に帰ったよ。

あのときのオヤジはカッコいいと思ったよ。

でも家にいて不穏な空気のときがある。

そこでごろ寝している。

音を立てれば機嫌が悪くなる。

お母ちゃんが怒られる。

だから隅っこで静かにしてる。

そんな幼稚園前の子どもって、嫌だよね。

あの頃何してたんだろう?

文字はまだ読めなかったから、一人でダイヤブロックをやっていたような気がする。

カチャ、カチャ、っと何かを組み立てる。頭の中には想像が広がる。

きっと俺がものをひたすら考えるのが好きなのは、あの頃に下地ができていたからなんだろう。

そして、そんなオヤジの機嫌をうかがうことを覚えたわけさ。

ちょっとした言動、表情の変化。

じっと見ている。

騒いじゃダメだから、何か思っても不用意に口にしちゃだめだ。

何を本当は考えているんだろう。

昔、勤め人だった頃、東京から来た上司が俺を食事に誘ったことがある。

「笑っているときでも、目が笑ってない。冷静に見ている気がする。どんな育ち方をしたら、そんな目になるんだろう、と思っていた」と言っていた。

それは、きっとこの頃からだった。

おふくろは、俺をちゃんと育てようとして、近所の幼稚園じゃなく、送り迎えのバスがあるちょっと遠い幼稚園に入れたんだよ。

当時は幼稚園に行かない子もいたから、近隣からしたら、「ちょっと違う子」くらいに見えていたんじゃないかな。

ますます「友達と遊んでくる~!」みたいな生活じゃなくなるよね。友達いないんだし。

おまけにおふくろは

「今日お母ちゃんと遊ぼうか?幼稚園休む?」って具合でしょっちゅう休むから、幼稚園に「仲のいい友達」なんてなかなかできなかった気がする。

オヤジの友達の子どもと、ケンカしたことがある。

ケンカの技術的なことはオヤジが俺に教えてくれていた。

ケンカって技術だけじゃないからね。

ケンカの前から勝負は始まってる。

その子には一方的に勝ったんだよ、オヤジに仕込まれた俺が負けるはずがない。

なのに、夜になって大問題になって、オヤジに連れられて謝りに行くわけさ。

え?ケンカには勝て、負けたら家には入れんぞ、じゃなかった?え。なんで謝らんといかんと?

謝って家に帰るときに「よくやった、よく勝った」って言われて、ますます混乱したよ。

オヤジも大人の関係があったって話さ。