第六回 弟
俺には、六歳離れた弟がいる。
これくらい年齢が離れていると、
「長男、次男ともに、一人っ子のごたる」
と、おふくろは言っていた。
最初は、おふくろを取られたような気がした。
でも、やってきた弟は、本当にかわいかった。
弟は、歩いて通えるくらいのところにある幼稚園へ行った。
俺のように「いいとこの幼稚園」に入れてしまうと、家から遠くなる。
近所に友達ができず、一緒に遊ぶこともなくなる。
おふくろは、俺のときのことを反省したんだろうな。
ところが、しばらくすると、弟に元気がなくなった。
おふくろが言った。
「なんか、何人かにいじめられようごたる」
俺は弟に聞いた。
「嫌な連中がおると?」
かわいい弟が、うなずいた。
「全部、家がわかるか?」
「わかる」
そりゃ、そうだ。
同じ方向に帰るんだから。
「家がわかるなら、気安かこったい。一番強いヤツはわかるか? そいつの家に行くぞ」
弟を連れて、その子の家へ行った。
田舎の家なので、近くに木があった。
俺は弟に言った。
「よかや? 必ずこの下ば通るはずやけん、通ったら上からいきなり飛びかかれ。飛びかかって、ためらわず、しまやかしてしまえ。勝ったら帰ってきてよか。なら、お兄ちゃんは帰って待っとくぞ」
オヤジ仕込みの、ケンカの勘所さ。
上を見上げさせる。
大抵それで勝負は決まっている。
技術云々を先に言うヤツは、ケンカしたことの無いヤツのたわごとさ。
そして一番強いヤツを押さえ込めば、他は戦意喪失だ。
考えたら、幼かった俺は、そんなポジショニングの鉄則を知ってたんだな。
負けるはずがない。
俺は家に帰って、弟を待った。
しばらくすると、弟が意気揚々と帰ってきた。
勝ったんだ。
「よし。二人目のとこ行くぞ」
その日のうちに、全部解決した。
今なら、やり方が乱暴だと言われるんだろう。
そうかもしれない。
でも、あの頃の俺には、先生に相談するとか、大人に解決してもらうという発想がなかった。
自分の身は、自分で守る。
一度、自分で勝てば、もう簡単には手を出されない。
オヤジに仕込まれた俺は、本気でそう考えていた。
おふくろは、さぞ驚いたと思う。
でも、何があったのか、深く聞かれた記憶はない。
翌日から、弟は、昨日までのいじめっ子たちを従えて帰ってくるようになった。
そんなおまけはついたけどね。
家は笑うほどオンボロ、貧乏って言うのはあれだよ。
それでも、俺たち兄弟の絆は、その中で本物になっていった。
あの頃、俺が守った弟は、やがて俺の挑戦を支える側になった。
弟は通販の卸をしながら、模擬刀も扱う「日本刀剣侍堂」をやってくれている。
俺が居合を始めた頃、
「居合は、金持ちしか始められない」
と言われていた。
刀も、稽古衣も、袴も安くない。
始める前に、まとまった金が必要になる。
それでは、若い人間は入ってこない。
結局、爺さんが「サムライになった気分」に浸るための趣味だった。
彼らにはシステムを変える気がない。
なぜなら、自分は始められたからね。
始められない人のことはわからない。
少なくとも、俺にはそう見えた。
俺が居合を始めたとき、決して安くなかった模擬刀を買えたのは、すでに社会人だったからだ。
でも、学生に、
「刀も稽古衣も買ってから始めろ」
と言っても、無理だろう。
始めたい。
でも、最初にまとまった金がない。
他会では、それだけで居合を諦めなければならない人がいたと思うよ。
普通の居合サークルでは、クレジットカード決済の加盟店契約を結ぶことができなかったからね。
その壁を越える突破口が、俺たちにはあった。
「日本刀剣侍堂」。
弟さ。
通販事業を行う会社が、模擬刀や稽古用品を正規の商品として扱う。
だから、正面からクレジットカード決済を導入できる。
刀も、稽古衣も、袴も、必要なものを全部まとめてそろえられる。
一括で払えなければ、分割払いにすればいい。
鵬玉会は、最初からそれができた。
金がないから、やりたいことを諦める。
そんな我慢をする必要はない。
誰だって、始めようと思えば始められるんだ、最高だ。
それが、俺たちの作った入口だった。
鵬玉会の仕組みを見て、後から似たことを始める会も出てきた。
それ自体は、いい。
居合を始める人の入口が広がるなら、いくらでも真似をすればいい。
ただ、まったく違う業種のショップの決済を使えばいい、という話ではない。
そこまでして真似をするくらいなら、日本刀剣侍堂に相談すればいい。
俺たちは、何も隠さない。
扱う商品を明らかにし、正規の事業として、正面から決済の仕組みを作った。
申告した事業と実態が違うと判断されれば、決済を止められることだってある。
そんな危うい仕組みに、会員を乗せるわけにはいかない。
俺たちが作りたかったのは、自分たちだけが得をする抜け道ではない。
誰もが正々堂々と、安心して居合を始められる入口だった。
鵬玉会は、サークルをそのまま大きくした団体ではない。
サークルでは作れなかった仕組みを、最初から持っていた。
鵬玉会が雰囲気だけで大きくなった、と思ったら大間違いだ。
「これじゃまずい」という危機感は、飢えから生まれる。
俺たちには、その飢えがあった。
居合界の問題点を一つずつ洗い出した。
この世界にはなかった発想を、仕組みに変えた。
そして、居合を始めるためのステージそのものを変えてきた。
俺が弟に、負けない方法を教えた。
その弟が後になって、金のない若者でも居合を始められる方法を、俺に用意してくれた。
鵬玉会のスタートは、兄弟のタッグで始まったのさ。
日本刀剣 侍堂 takeda@jpn-sword.com


