第二部「拳」第四回 虎の仮面を川へ
子どもの頃に見たもの、読んだもの、聞いたものは、心の栄養になって、その人間を形づくっていく。
俺も、そうだったんだろうな。
『少年マガジン』で、『タイガーマスク』を読んだ。
俺が好きだったのは、アニメのタイガーマスクだ。
ところが、最初に放送されていた頃は、ほとんど見たことがなかった。
うちのテレビが古くてね。
その放送局の番組は、うまく映らなかったんだ。
それでも、近所の悪ガキどもはタイガーマスクの話をする。
主題歌も歌っている。
だから俺も、なんとなく知っていた。
エンディングテーマの『みなし児のバラード』は、友達の家で見たんだったかなあ。
そのタイガーマスクを、『少年マガジン』であらためて読んだってわけさ。
漫画の最終回で、主人公の伊達直人は交通事故に遭う。
ポケットには、虎の仮面が入っていた。
自分がタイガーマスクだったと知られれば、子どもたちの夢を壊してしまう。
伊達直人は、最後の力を振り絞って、その仮面を川へ投げ捨てる。
そして、誰にも正体を知られないまま死んでいくんだ。
衝撃だったよ。
死ぬ間際まで、自分のことじゃない。
子どもたちの夢を守ろうとしている。
ガタガタ言ってちゃ駄目だ。
そう思ったよ。
俺たちが子どもの頃に読んだ漫画って、傷だらけになっても、それを誰にも言わずに戦い続ける、孤独な主人公ばかりだったよねえ。
その後、アニメの再放送が始まる頃には、うちのテレビも替わっていた。
ようやく、家でも見られるようになった。
漫画とアニメでは、タイガーマスクの結末が違う。
アニメの最終回で、タイガーマスクは「虎の穴」の首領、タイガー・ザ・グレートと戦う。
それまでタイガーマスクは、子どもたちが見ているから、反則は使わないと決めていた。
子どもたちにとって、正義のヒーローでいようとしたんだ。
ところが、タイガー・ザ・グレートにマスクを剝ぎ取られる。
正体をさらされ、相手の傍若無人な反則に追い詰められていく。
そして、タイガーマスクは空虚に笑う。
正義のヒーローになる前。
「黄色い悪魔」と呼ばれていた頃の、反則まみれの恐ろしいタイガーマスクに戻るんだ。
伊達直人が育った孤児院の子どもたちは、その試合をテレビで見ている。
正義のヒーローだったタイガーマスクが、目を覆いたくなるような反則を使い始める。
子どもたちは大騒ぎさ。
でも、タイガーマスク――いや、伊達直人の悲しみを知っている俺には、その気持ちがわかる。
ブラウン管の向こうで試合を見ている子どもたちに、ブラウン管のこちら側で見ている俺が同化していく。
すごい仕掛けだよ。
よく考えたよね。
タイガーマスクは、勝負には勝つ。
しかし、自分は子どもたちの夢を壊してしまった。
もう、あの子たちに顔を合わせることはできない。
そう思ったタイガーマスクは、いきなり姿を消すんだ。
漫画のタイガーマスクは、死ぬ瞬間まで正体を隠し、子どもたちの夢を守った。
アニメのタイガーマスクは、勝負に勝ちながら、夢を壊した痛みを背負って姿を消した。
どちらも、他人の夢を背負い、それを一人で引き受けた男だった。
そういえば、俺たちの子どもの頃のヒーローは、オープンカーに乗っていた。
『マッハGoGoGo』の三船剛も、タイガーマスクの伊達直人もそうだった。
ヒーローも、孤独も、オープンカーも。
俺の好きなものは、あの頃からあまり変わっていない。
そして、もう一つ。
孤独に耐える。
人の夢を壊すことを恐れる。
それでも、勝負の場に立ったら非情になる。
考えてみれば、俺はそんなものを、タイガーマスクから教わったのかもしれない。
三つ子の魂百まで、ってやつさ。


