無外流とは

 無外流は、江戸時代前期の剣客・辻月丹資茂を流祖とする、日本の剣術・居合の流派です。

 辻月丹は、剣術の修行だけでなく、禅の道を深く求めました。

 無外と名乗っていた月丹に、禅の道を教えたのは、石潭和尚です。
 しかし、辻月丹が長い参禅修行の後に偈(げ)を受ける際、石潭禅師は亡くなっていたため、神州禅師が石潭禅師の名によって授けたと伝えられています。

その偈が、

一法実無外
乾坤得一貞
吸毛方納密
動着則光清

です。

 偈とは、仏教や禅の教え、悟りの境地を短い詩の形で示した言葉です。

 辻無外は、この偈の第一句である「一法実無外」から、自らの流儀を「無外流」と称し、自らの名を「月丹」としたと伝えられています。

 無外流は、単に刀を速く抜くことや、形を美しく演じることだけを目的とする流派ではありません。

 居合形、組太刀、試し斬りを通じて刀を扱う技術を磨き、武道としての強さを追求する。その修行の先に、いかに生きるか、いかに死と向き合うか、いかに自分と他者を生かすかを学ぶ武道です。

 国際居合道連盟 鵬玉会では、新名玉宗先代宗家から、塩川・新名伝 無外流居合兵道 第17代宗家・武田鵬玉へ受け継がれた伝承に基づき、無外流を指導しています。

 その修道体系には、一般に稽古する居合形20本、内伝5本、奥伝3本、宗家相伝の秘伝5本、変化を含めると実際には8本となる秘伝、約束組太刀98本、そして試し斬りが含まれます。

 鵬玉会が掲げるのは、形の動作だけを整える居合ではありません。
 組太刀によって間合い、攻防、相手との関係を学び、試し斬りによって刀筋、刃筋、身体操作を確かめる。
 形、組太刀、試し斬りを一体として修める、「斬れる居合」です。

居合とは

 居合は、座った状態から刀を抜く技だけを指すものではありません。
 立った状態、歩行中、相手と向き合った状態など、さまざまな状況から刀を抜き、相手に対応するための刀法です。
 抜刀、斬撃、受け、かわし、残心、納刀までを含め、刀を扱うための身体操作と心のあり方を学びます。
 居合とは何か、剣道や殺陣とはどのように異なるのかを、詳しく解説します。

無外流の歴史

 無外流は、流祖・辻月丹資茂から約350年にわたり、師から弟子へと受け継がれてきました。
 月丹の門下には、大名、旗本、陪臣をはじめ、多くの武士が名を連ねたと伝えられています。
 その技と思想は、時代や地域によってさまざまな系統へ分かれながらも、形、組太刀、口伝、免許制度とともに今日まで継承されています。
 塩川・新名伝 無外流居合兵道が、誰から誰へ、どのように伝えられてきたのかを紹介します。

無外流の教え

 無外流には、形や刀法だけでなく、流祖・辻月丹資茂の思想を伝える教えが残されています。
 「一法実無外」をはじめ、百足伝、無外真伝剣法訣などには、技術の習得だけでは到達できない、剣と禅、生と死、心と身体のあり方が示されています。
 これらは、過去の言葉を暗記するためのものではありません。
 日々の稽古を通じて、自分自身の生き方と向き合うための教えです。

 無外流(むがいりゅう)は、1680年に、剣聖宮本武蔵没後6年で生まれた流祖辻月丹(つじげったん)により開かれました。ときに辻月丹45歳。
元禄9年から宝永6年(1710年)まで14年間の誓詞によると、月丹の弟子は、万石以上の大名32家、直参156人、陪臣930人。この数字は押しも押されもしない、大名が学ぶ流派と言えるでしょう。
 幕末には土佐の山内容堂、新選組三番隊隊長斎藤一などでも有名です。

新選組三番隊斎藤一