夢録03
作家(元週刊プレイボーイ編集長)島地勝彦先生
島地 勝彦(しまじ・かつひこ) 「週刊プレイボーイ」(集英社)の編集長として同誌を100万部雑誌に育て上げる。その後、「PLAYBOY」編集長、「Bart」創刊編集長などを務める。柴田錬三郎、今東光、開高健、瀬戸内寂聴、塩野七生をはじめとする錚々たる面々と画期的な仕事を重ねてきた伝説の編集者。2008年11月集英社インターナショナル社長を退き現在はコラムニスト。シガーとシングルモルトとゴルフをこよなく愛する。『知る悲しみ やっぱり男は死ぬまでロマンティックな愚か者』など著書多数。 新宿Men’s Isetanにはシマジ氏のセレクトで商品が集められたセレクトショップとバーを持つ「サロン・ド・シマジ」がある。 WEB上でリアル・シガーレビュー@サロン・ド・シマジ(40%OFF!+tax シガーダイレクト)、Nespresso Break Time @Cafe de Shimaji(講談社)、Treatment & Grooming At Shimaji Salon(資生堂)、「百年の店、百年の言葉」(日経レストラン)を連載中。 |
第3回の夢録は、作家島地勝彦先生。
島地先生が雑誌「Pen」に連載なさっている「サロン・ド・シマジ」
に掲載された「北方謙三は美しき妖刀でマスターを斬った」。
ここに無外流居合の鵬玉会会長が登場します。
作家のペンにかかれば、どのように表現されるのか。
一瞬の居合の魅力をすくいとったその文章を先生の許可をいただいて転載します。
北方謙三は、美しき妖刀でマスターを斬った(雑誌Pen 2/1号)
作家・北方謙三はいま、密かに居合抜きを習っている。
ゴルフクラブではなく、真剣を振り回すとは、いかにも北方謙三らしいではないか。夕なずむ三浦半島に張り出した瀟洒な別荘のハーバーへ、時間きっかりに、白い美しいクルーザーが滑るように入ってきた。
操舵していた北方は、陸の客人「やあ」と軽く挨拶をした。客人は無外流居合六段、武田鵬玉であった。
この別荘は昔、ダグラス・マッカーサーが使っていたという由緒正しいものらしい。
北方は腕に脳みそを埋め込んでいると噂されるほどの豪腕多作作家である。
しかも常に上質な作品を紡ぎ出している。だからこの別荘の主人になれたのだろう。
広い別荘の庭には、切り株の上に巻藁が立てられてあった。
母屋から現れた北方謙三の姿は、洒落たビーチファッションからすでに武士の渋い姿に変貌していた。
それはまさに「独り群せず」の主人公光武利之の姿だった。
「独り群せず」の最後に、剣を捨てたはずの主人公が、天然理心流の新選組の面々と対峙する場面がある。
あの気迫に満ちた姿とダブって見えた。
別荘の前の海に落ちる大きな夕陽を浴びた剣豪・北方謙三は、刀を鞘に納めたまま、巻き藁を敵と見なし、一足一刀の間合いまで近づいた。
ふいに周りに妖気が漂った。
文豪は鯉口を切り、鞘をすっと引いた。
潮合、抜刀した刹那、拝み取りにとった柄を上段に振りかぶり、ためらわず巻き藁に振り下ろした。
巻き藁は見事に真っ二つに斬り落とされた。北方は刀の切っ先を動かさず、あたかもそこに敵がまだいるがごとくに微動だにしなかった。
すうっと後ろに下がったかと思うと、静かに血振りをして納刀した。
その夜は風もなく、まもなく大きな満月が中空に浮かんだ。
薄暗い海面が不気味にきらきらと輝いていた。
北方謙三は剣もペンも自在に操れた。
北方は著者の近著『異端力のススメ』(光文社文庫)に「シマジと島地」という跋文(ばつぶん)を寄せた。
「(前略)編集者シマジは、島地勝彦という人間の一面であり、ほかの面は、編集者という顔にうまく隠されてきたような気がする。
吃音(きつおん)である。
吃音は、はにかみやで人見知りというのが、私がこれまで接してきた、吃音者の共通の性格である。
どちらが先かわからないが、そうなのである。編集者シマジは、その吃音すら武器にし、『意識は稲妻、舌は蝸牛』などという、賛辞のような表現を大作家から貰っている。
もっとも私は記憶で書いているので、その言葉が正確なものか、保証のかぎりではない。
編集者シマジは、喋りまくった。
吃りながら、言葉を連射する。
彼より若い作家であった私にすら、そうであった。
意識が速やかに口から出る言葉と連動しないもどかしさを、時々表情に出しながら、それでも聞くほうにとっては充分すぐるほどの言葉を発した。
しかし、彼が沈黙する時がないわけではない。
そういう時、ふと眼差しに、少年ぽさと同時に、はにかみが滲み出してくるのである。
眼が合うと、彼はちょっと微笑む。言葉を出すという表情ではなく、喋ることのむなしさに、一瞬だけ眼を向けてしまったという顔である。
それから、酒を飲むか煙を吐き出すかして編集者シマジに戻る(後略)」
北方謙三の切っ先は鋭く、まさにマスターはほとんど即死だった。
先日、東京・銀にある創作フレンチの店「キャーヴ ドゥ ギャマン エ ハナレ」に行ったとき、北方謙三はシガー用マッチに書き置きを残していた。
「島地勝彦さま、饒舌堂蝸牛殿、ここは俺の縄張りだから、黙って俺より高いワインを飲み、高い葉巻を喫ること」
その夜マスターはモルトを諦めて、ビジョン・ロングヴィル・コンテス・デ・ラランド2001を注文した。葉巻はトリニダッド・ロブストエクストラに着火した。
人生は出会いであり、何より尊いものは友情なのである。
謙ちゃん、ありがとう。
今月の鵬玉の夢録は、許可を得て島地勝彦先生の雑誌「Pen」からの転載。北方先生と鵬玉を描いた、緊迫感あふれる文章で、居合の心に迫ります。
今や10を超える雑誌、メディアの連載を持ち、新宿Men’s Isetanには、カリスマバイヤーによるプロデュースで、シマジさんの眼によるセレクトショップとシガーバー「サロン・ド・シマジ」を持つ人気作家島地さんにはいつも感謝しています。
私が無外流明思派宗家から鵬玉会の立ち上げを勧められたとき、「0からスタートする武田への餞(はなむけ)だ、Penの2/1号を愉しみにしておけよ」と言われました。