宗家継承奉告奉納演武 京都くろ谷 金戒光明寺 参加者感想

もちろん。
「雨で予定変更になった」ではなく、結果としてあの場所に導かれた奉告だったという余韻が残るように、感想募集と素材提供のお願いまで一本につなげました。

【西の奉告を終えて】あの日、くろ谷で何を感じましたか

感想募集/写真・動画素材提供のお願い

会員各位

9月26日(土)。

京都・くろ谷 金戒光明寺にて、
**無外流第17代宗家継承「西の奉告」**を執り行いました。

参加された皆さん、本当にありがとうございました。

今回の奉告は、私たちにとって忘れられない一日になりました。


■ 雨の中、松平容保公墓前へ

当日は、雨がぱらつく空模様でした。

しかし、参進を止めるほどではありませんでした。

法螺貝が響き、

宗家旗、流儀旗が進み、

一門が列を整えて、松平容保公墓前へ向かう。

あの参進は、圧巻でした。

特に、雨のくろ谷に立つ旗は象徴的でした。

ただの装飾ではなく、

一門が何を掲げ、どこへ進むのかを示す旗

になっていたように思います。


■ 初めて「雨で予定どおり演武ができない」という事態に

これまで奉納演武を行ってきた中で、

雨によって予定していた場所で演武ができない

という経験はありませんでした。

今回、初めてその状況になりました。

しかしそこで、金戒光明寺の橋本執事長から、

「御影堂(大殿)の階段舞台でやらないか」

という、ありがたいご提案をいただきました。

結果として私たちは、当初予定していなかった、極めて異例の場所で奉納演武を行うことになりました。


■ あの場所には、意味があった

後になって知りました。

あの御影堂(大殿)が、

かつて会津藩主・松平容保公が、多くの兵を集めて号令をかけた場所だった

ということを。

その話を聞いたとき、私はふと思いました。

「今日はここへ移れ。ここから号令をかけよ」

まるで容保公から、そう言われたような気がしたのです。

雨で予定が変わった。

そう言えば、それまでです。

しかし、あの日のすべてを振り返ると、

雨で場所を失ったのではなく、
この場所へ導かれたのではないか。

そんなふうにも感じます。

第17代宗家を継承し、

これから始まる新しい無外流。

そして、これからの鵬玉会の戦い。

その出発を告げる場所として、

あの大殿の階段舞台ほど象徴的な場所はなかったのではないか。

私は、そう思っています。


■ 参加した皆さんの感想を聞かせてください

今回、その場にいた皆さんは、

何を見て、

何を感じ、

何を持ち帰ったでしょうか。

参進。

松平容保公墓前への参拝。

正式参拝。

雨。

旗。

予定変更。

御影堂での奉納演武。

そして、演武を終えたあとの時間。

同じ場所にいても、感じたことは一人ひとり違うと思います。

ぜひ、今回の西の奉告について、皆さんの言葉を残してください。

▼ 感想フォーム
[URL]

締切

10月4日(日)

長い文章でなくても構いません。

心に残った場面。

印象に残った言葉。

自分自身の変化。

「参加してよかった」と思った瞬間。

ぜひ、率直な感想を聞かせてください。


■ 写真・動画も集めます

今回の奉告を、記録として残したいと思います。

スマートフォンやカメラで撮影した、

  • 参進
  • 旗
  • 墓前参拝
  • 金戒光明寺境内
  • 奉納演武
  • 御影堂
  • 集合写真
  • 舞台裏
  • 仲間同士の写真
  • 動画

などがありましたら、ぜひ下記フォルダへアップしてください。

▼ 金戒光明寺演武2026 撮影素材フォルダ
https://drive.google.com/drive/folders/1DO-8EJYinZsdr1kohxUiVDrE-llan_5P

皆さんが撮った一枚、一つの動画が、

後からこの日の意味を伝える大切な記録になります。

できるだけ多くの素材を残したいので、ご協力をお願いします。


雨だったからこそ生まれた奉告。

予定どおりにはいかなかったからこそ、

あの日しか生まれなかった景色がありました。

京都・くろ谷。

松平容保公の墓前に参り、

旗を掲げ、

そして大殿の階段舞台で無外流を奉納した。

「今日はここへ移れ。ここから号令をかけよ」

あの日の雨は、

新しい時代の始まりを告げるためのものだったのかもしれません。

参加した皆さんの記憶を、ぜひ言葉と映像で残してください。

感想締切は10月4日(日)です。