無外流の試し斬りは抜き即斬!
居合の本義は抜刀の一瞬にあり!
無外流居合は抜き打ち初太刀
誰も成し得なかった一太刀で、居合を証明する
刀を抜いてから、構え、振りかぶって斬る。
それは剣術の験し斬りです。
「居合の本義は、抜刀の一瞬にあり。」
抜き打ちの初太刀、この一瞬が居合です。
それを「抜き即斬(ぬきそくざん)」と言います。
形の意味や動作を語る居合道家は多くいます。
しかし、それが本当に斬れる技なのかを、自らの刀で確かめている者は多くありません。
「実践なくんば証明されず。証明なくんば信用されず。信用なくんば尊敬されない」(極真空手の創始者 故大山倍達総裁)
この武道の真理に従い、鵬玉会では無外流を踊りに堕することがないよう、試し斬りの稽古をします。
抜刀そのものを斬撃とする。
それが「抜き即斬」であり、鵬玉会が形の初太刀による試し斬りにこだわる理由です。
塩川・新名伝 無外流第17代宗家・武田鵬玉は、抜き打ちによる試し斬りを、自らの技によって実証してきました。
「武道の根幹は、強さである。ならば、居合の命は自由組太刀と試し斬りだ。」
美しい形を演じるだけではない。
その刃筋は、本当に通るのか。
その間合いで、本当に届くのか。
その初太刀で、本当に斬れるのか。
何もかも、本当はやってみなければわかりません。
座技・置き藁――抜き打ち横一文字

一般的な試し斬りでは、巻いた畳表を杭に刺して固定し、刀を抜いた状態から振りかぶって斬ります。
しかし、武田鵬玉が先代宗家新名玉宗からの課題として挑んだのは、それとはまったく異なる試し斬りでした。
水に浸して巻いた畳表を、杭に刺さず、手で支えることもなく、ただ置く。
その前に静かに座す。
鞘に納めた刀を抜く。
そして、抜刀と同時に横一文字で斬る。
座技・置き藁――抜き打ち横一文字。
力任せに押せば、畳表は倒れるか、弾き飛ばされます。
刃筋がわずかに狂っても、刀は止まります。
手の内が違っても斬れません。
無外流に許されるのは一拍子と呼ばれる、よどみない一閃のみ。
姿勢、鞘引き、身体の開き、刃筋、間合い、速度。
そのすべてが、抜刀の一瞬に一致しなければ成立しない技です。
武田鵬玉は、この座技からの置き藁抜き打ち横一文字を成功させ、神業と呼ばれた剣士です。
逆手抜刀「梢風」を、実際に斬れる技へ
武田鵬玉が実証した技は、座技からの横一文字だけではありません。
内伝「梢風(しょうふう)」。
抜けるはずがない、右に置かれた刀を抜く。
逆手抜刀と俗に言われるものです。
「逆手抜刀で斬れるはずがない」と言われていた時代があります。
「しかし、形で残っているということは可能ではないか?」
そう考えた武田鵬玉は、この逆手抜刀の試し斬りを成功させました。
理合を読み解き、身体で再現し、実際に斬って証明する。
それが、武田鵬玉の無外流です。
右の敵――斬る者が、そこにいない
無外流の形「右の敵」は、小走りに進み、右側にいる敵をすれ違いざまに抜き打ちで斬ります。
しかし、実際に人が小走りで近づいてくれば、相手は異変を感じて身構えるでしょう。
武田鵬玉がこの試し斬りで追求したのは、速く近づくことではありません。
敵意を見せない。
殺気を見せない。
相手と目を合わせない。
間合いを測っていると悟らせない。
刀を抜く気配さえ起こさせない。
殺気を隠しているのではありません。
武田鵬玉は、この技を行うときについて、こう語ります。
「私は、そこにはいない。遠くの木を見ている。鳥のさえずりを聞いている。」
斬ろうとする者が、相手の前にいない。
ただ一人の人間が、何を考えているとも知れぬ静かな姿で近づき、そのまま横を通り過ぎようとしている。
そして、すれ違う一瞬だけ、刀が鞘を走る。
抜刀の動作そのものを斬撃とし、形の初太刀で右の敵を斬る。相手が刀に気づいたときには、すでに斬撃は終わっています。
この試し斬りを目の前で見た海外からの高齢の女性は、驚いてこう語りました。
「斬る瞬間まで、斬るつもりなのだと分かりませんでした。何を考えているのだろう、とぼんやり見ていたので、本当に驚きました。」
速く刀を抜ける者はいるでしょう。
立てた畳表を斬れる者もいるでしょう。
しかし、敵意も殺気も発することなく、対象へ目を向けることさえせず、何事もないようにすれ違い、その一瞬に抜き打ちの初太刀で斬る。
このような芸当のできる剣士は、そう多くありません。
映像は、その一太刀を敵の目線から捉えています。
斬るまで、斬る者だと分からない。
すれ違ったときには、すでに斬られている。
これが、塩川・新名伝 無外流第17代宗家・武田鵬玉が、試し斬りによって示した無外流です。
技術によって、免許皆伝へ至る
武田鵬玉は、鵬玉会を大きくした功績によって免許皆伝になったのではありません。
全国組織を築いたことや、国内外へ無外流を広めたことへの褒賞でもありません。
まず、剣士としての技術がありました。
師である新名玉宗第16代宗家から課された、無外流の試し斬りの課題をすべて達成する。
誰も成し得なかった抜き打ちの試し斬りを、自らの技によって実証する。
その挑戦の裏には、膨大な稽古の量があります。
その技術的到達の先に、免許皆伝がありました。
その上で禅の理解、無外流最大の単一団体として鵬玉会を育てました。
2026年7月4日、新名玉宗宗家は武田鵬玉へ免許皆伝を授与し、塩川・新名伝 無外流を継承しました。
技術の到達者としての姿がまずあり、その上で動く禅としての理解、最大団体の育成をなしました。だから免許皆伝を授けられ、第17代宗家を継承したのです。
そして、その技と思想を後世へ残すために、組織と指導体系を築いてきました。
「武道は、できるか、できないかである。同じことができるなら、やってみればいい。」
これは挑発のための言葉ではありません。
武道の技術を語る以上、実証から逃げない。
その覚悟を示す言葉です。
据物斬りと、居合の試し斬りは違う
静止した対象へ向かい、刀を大きく振りかぶって斬る。
そこでは、刀の重さや勢いを十分に使うことができます。
しかし、居合では、敵を前にしたとき、刀はまだ鞘の中にあります。
構える時間も、振りかぶる時間もありません。
抜刀の一瞬に間合いを制し、刃筋を通し、初太刀を働かせなければなりません。
刀を抜き、構えてから畳表を斬れたというだけでは、居合の初太刀が正しいことを証明したことにはなりません。 形と同じ姿勢で。
形と同じ抜刀で。
形と同じ初太刀で斬る。
鵬玉会が求めているのは、試し斬りのために作った動きではなく、無外流の形そのもので斬ることです。
「斬れる居合」とは何か
「斬れる居合」とは、試し斬りだけを意味する言葉ではありません。
形、間合い、理合、身体、精神。
そのすべてが一致したときに生まれる、生きた居合です。
形によって、技の道筋を学ぶ。
約束組太刀によって、間合いと理合を知る。
自由組太刀®によって、圧力の中で技を働かせる。
試し斬りによって、刃筋と初太刀を実証する。
この四つを分けずに修めるのが、鵬玉会の四位一体の術です。
正しいと思っていた動きで、斬れない。そこで初めて、自分の間違いに気づく。試し斬りとは、思い込みを刀で検証する修行です。
斬ってみるから、形の誤りに気づく。
戦ってみるから、間合いと拍子が、知識ではなく技としてわかる。
そこで得た答えを、もう一度、形へ戻す。
ただし、斬れたという結果だけで、その動きが正しいとは限りません。無外流としての姿勢、刃筋、間合い、抜き付けがそろって初めて、技としての意味があります。
だから、約350年前に生まれた技が、現代においても命を持ち続けます。
最初に登った者が、道を残す
未踏の山に道ができるのは、最初に登った者が、どこに足を置き、どこを越えれば頂へ届くのかを見つけたからです。
後に続く者は、その者が切り開いた道をたどり、さらに先へ進むことができます。
武道の技術も同じです。
指導者自身が登ったことのない山へ、弟子を導くことはできません。
先頭に立つ者が登れなければ、道は生まれない。
自分だけが登り、その道筋を残さなければ、技は個人芸で終わります。
武田鵬玉は、座技からの置き藁・抜き打ち横一文字を成功させ、さらに逆手抜刀「梢風」を、実際に斬れる技として証明しました。
そして、自らが到達して終わるのではなく、そこへ至るために必要な姿勢、身体の使い方、鞘引き、刃筋、間合いを読み解き、門人が段階的に学べる指導メソッドへ落とし込みました。
基本となる斬撃から始める。
袈裟斬り、逆袈裟、横一文字へ進む。
やがて、立技の抜き打ちへ。
そして最後に、座技からの抜き打ちへ。
一つひとつ段階を登り、最後は「形の初太刀で斬る」ところまで門人を連れていく。
鵬玉会では、初めて刀を持つ者でも、段階を踏んで「斬れるところ」まで連れていきます。
無外流宗家・武田鵬玉が、自ら到達した技を個人芸で終わらせず、門人が再現できる稽古体系にしたからです。
宗家が登り切った。
だから、門人が登るための道がある。
宗家の技を、一門の技へ。
一人の到達を、次代へ受け継ぐ教育体系へ。
それが、鵬玉会の「斬れる居合」です。
技を、一門の共通基準へ
宗家だけが斬れればよいのではありません。
宗家が切り開いた道を、門人が一段ずつ登れるようにする。
そのため、鵬玉会では、安全管理のもと、基本となる斬撃から始め、段階的に形の初太刀による試し斬りへ進みます。
昇段審査を受けるための試し斬り基準は、次のとおりです。
- 初段:左右の袈裟斬り
- 弐段:左右の袈裟斬り、左右の逆袈裟斬り
- 参段:横一文字
- 四段:基本二の初太刀・抜き打ち逆袈裟
- 五段:基本一の初太刀・抜き打ち横一文字
- 六段一次:水月の初太刀・座技抜き打ち横一文字
これは、試し斬りの上手さだけを競うための基準ではありません。
日頃稽古している形が、本当に働くものになっているか。
姿勢、身体の使い方、刃筋が一致しているか。
それを、自らの一太刀によって確かめるための基準です。
宗家の成功体験から生まれた指導メソッドによって、鵬玉会では、門人が段階を踏みながら抜き打ちの試し斬りを身につけていきます。
一太刀を、公の場で問う
鵬玉会は毎年秋、「試し斬り」の全日本居合道選手権大会を開催しています。
全国の門人が、日頃の修行で磨いた刃筋と初太刀を、公の場で問う大会です。
宗家だけの技を、門人へ。
一つの道場だけの技を、全国へ。
個人の感覚だけに頼るのではなく、共通の基準によって技術を磨き、次の世代へ伝えていく。
この大会もまた、宗家が切り開いた道を、一門全体で登るための修行の場です。
「実践なくんば証明できず 証明なくんば信用されず 信用なくんば尊敬されない」
武道には、さまざまな理論があります。
美しい言葉も、複雑な説明もあります。
しかし、技術を語るなら、最後には実証しなければなりません。
その形の初太刀で、本当に斬れるのか。
その手のうちで本当に斬れるのか。
その切っ先の飛ばし方で本当に斬れるのか。
「実践なくんば証明できず 証明なくんば信用されず
信用なくんば尊敬されない」(極真空手創始者 故大山倍達総裁)
武田鵬玉は、言葉だけで「斬れる居合」を唱えたのではありません。
誰も成し得なかった抜き打ちの試し斬りを、自らの一太刀で実証しました。
その剣の技術がまずなければなりませんでした。その技術がなければ、免許皆伝も、塩川・新名伝 無外流第17代宗家もなかったはずです。
そして今、その技術を、「道はわかるから、明日入門する君も、あきらめなければできるようになる」と、後に続く門人が登ることのできる道として残しています。


