無外流の歴史3 無外流中興の祖 そして未来へ

無外流とはindex
無外流の歴史
1)流祖辻月丹
2)江戸時代の伝播と現代までの継承
3)昭和以降の継承、そして未来へ
4)流祖から鵬玉会までの流れ

無外流を考える
1) 無外流の特色
2) 無外真伝剣法訣 2
3) 無外真伝剣法訣 3
百足伝

無外流の歴史3 昭和以降の継承 そして未来へ

※本記事は、新名玉宗宗家が「無外流明思派」を名乗られていた当時の記録です。その後、武田鵬玉が継承したのは明思派という派名や団体ではなく、「塩川・新名伝 無外流」の免許皆伝と第17代宗家です。

無外流を整理・編纂した第13代宗家・中川士龍申一
 高橋家に伝わった無外流を、第12代・高橋赳太郎高運から学んだのが、第13代宗家・中川士龍申一です。
 中川宗家は、戦後、伝承された技術や伝書を整理・編纂し、「無外流居合兵道」として普及させました。
 また、『無外全書』『無外真伝兵道考』などを著し、現在の無外流居合兵道の基礎を後世へ残しました。
 私たちが今日、無外流を体系的に学ぶことができるのは、中川士龍申一宗家が残した足跡によるところが大きいといえます。

左から、第15代宗家・塩川寶祥照成、大森曹玄老師、第13代宗家・中川士龍申一

無外流居合兵道考
 中川士龍申一宗家への聞き取りをもとにしたとされる資料には、師である高橋赳太郎高運の紹介によって、土佐土方派の川崎善三郎から指導を受けたことが記されています。この記録が正しければ、中川宗家は、高橋家から受け継いだ無外流だけでなく、異なる系譜の技術も研究し、無外流居合兵道として整理・編纂したと考えられます。
 『無外全書』『無外真伝兵道考』などを著し、技術と伝承を体系として後世へ残したことは、中川宗家の大きな功績です。
 私たちが現在、無外流を体系的に学ぶことができるのは、第13代宗家・中川士龍申一が残した足跡によるところが大きいといえます。

塩川先生の初盆の祭壇。遺影の両横には「無外流居合道 明思派宗家 新名玉宗」の立札が立てられている。

中川士龍申一宗家以後に生まれた複数の系譜
 高橋家に伝わった無外流を受け継ぎ、整理・編纂した第13代宗家・中川士龍申一は、複数の門人へ免許皆伝を允許しました。これにより、中川宗家以後の無外流には、複数の伝承系譜が生まれました。

 ただし、複数の系譜が存在することと、現在「無外流」を 名乗るすべての団体が、同じ伝承上の根拠を持つことは、まったく別の問題です。

 古流の継承において重要なのは、誰に学び、誰から何を允許され、どのような師弟関係によって伝承を受け継いだのかという事実です。
 過去に無外流を学んだという経歴や、段位を持っているというだけで、流派を継承したことにはなりません。免許皆伝を受けていない人物が独自に一派を立てたり、明確な師弟伝承を示さないまま「宗家」を称したりする例もあります。

 流派名や宗家称号を自ら名乗ることと、師から正式に伝承を託されたことは同じではありません。

 国際居合道連盟鵬玉会が受け継いでいるのは、第13代宗家・中川士龍申一から、第14代・石井悟月善蔵、第15代宗家・塩川寶祥照成、無外流明思派宗家・新名玉宗豊明を経て、第17代宗家・武田鵬玉へと続く、師弟関係と允許が明らかな系譜です。

 武田鵬玉は、新名玉宗豊明宗家から約20年にわたって直接指導を受け、2026年7月4日、無外流居合兵道の免許皆伝を本人から直接授与されました。この塩川宗家から新名宗家へ受け継がれた系譜を「塩川・新名伝 無外流」と明確にし、その第17代宗家を継承したのが武田鵬玉です。

※ 新名玉宗豊明宗家は、塩川伝の系譜上16番目に位置しますが、正式称号は「無外流明思派宗家」です。

現代の中興の祖・新名玉宗豊明宗家

 第15代宗家・塩川寶祥照成から無外流を受け継ぎ、多くの門人と指導者を育て、日本全国、さらに世界へ広めたのが、無外流明思派宗家・新名玉宗豊明です。
 新名宗家は、三菱重工業の社員として世界各地で活躍しました。異なる文化や価値観を持つ人々と向き合った企業人としての経験と国際感覚は、日本の古流武道を世界へ伝える大きな原動力となりました。
 新名宗家は、無外流を一部の熟練者だけが守るものにせず、多くの人が学べる組織へ育て、指導者を養成し、国内外へ普及させました。

 国際居合道連盟鵬玉会では、現代における無外流の隆盛を築き、後世へつなぐ人材を育てた新名玉宗豊明宗家を「現代の中興の祖」と位置づけています。

 そして、新名宗家が塩川宗家から受け継いだ無外流の技術、伝書、思想、精神は、約20年にわたり直接指導を受けた武田鵬玉へ託されました。

第17代宗家・武田鵬玉、そして未来へ

 武田鵬玉(当時・武田祐次)は、すでに約30年の武道歴を持っていた2005年、無外流へ入門しました。
 2006年、新名玉宗豊明宗家から「俺のところに来い」と呼ばれ、以後約20年にわたり、月々の宗家稽古を通して直接指導を受けました。

 2017年には新名宗家から「免許」を授与され、2026年7月4日、横浜武道館において無外流居合兵道の免許皆伝を直接授与されました。同時に「宗家」を名乗ることが別途許され、「塩川・新名伝 無外流」の第17代宗家を継承しました。

 武田鵬玉が率いる国際居合道連盟鵬玉会は、全国各地に支部と道場を展開する、国内最大規模の無外流居合の単一・全国組織へ成長しました。
 夏の「自由組太刀®」、秋の「試し斬り」、冬の「居合形」という三つの全日本大会を開催し、形、組太刀、試し斬りを一体として学ぶ「斬れる居合」を、現代の稽古体系として実現しています。

 新選組とのご縁を通して天然理心流宗家、北辰一刀流宗家と親交を結び、会津松平家第14代当主・松平保久公の御前でも演武を行いました。

東芝のテレビCMや東映作品の居合監修、アメリカ三大ネットワークNBCの東京オリンピック特別番組をはじめ、国内外のメディアにも協力しています。

 また、東京観光財団、関西観光本部をはじめ、国内外の旅行会社、イベント会社、テレビなどのメディアにも協力しています。演武、武道体験、映像監修、文化事業などを通して、無外流と日本の武道文化を国内外へ伝えています。

武田鵬玉は、新名宗家に、

「組織力で戦います」と伝えました。
 一人の名人だけでは、流派を未来へ残すことはできません。技術と思想を正しく学ぶ指導者を育て、多くの門人が互いに切磋琢磨できる組織をつくり、次の世代へ渡していく必要があります。

 流祖・辻月丹から約350年。塩川寶祥照成宗家から新名玉宗豊明宗家へ、新名玉宗豊明宗家から武田鵬玉へ。

 人から人へ手渡されてきた無外流の技術、思想、精神を、組織の力によって次の時代へつないでいく。それが、「塩川・新名伝 無外流」第17代宗家・武田鵬玉と、国際居合道連盟鵬玉会の使命です。

関東から全国、世界へ普及させた新名玉宗明思派宗家の門下は
 師の新名玉宗宗家の直弟子として武田鵬玉会長は免許を受領。鵬玉会を率い、全国、そしてへ無外流居合を普及することに挑戦しています。
 新選組のご縁で天然理心流九代目宗家や北辰一刀流宗家六世との親交、会津松平家第14代ご当主松平保久公の午御前での演武、東芝のCMや東映の居合監修など国内での活躍の他、全米3大ネットワークNBCの東京オリンピック特番など、海外からの依頼も多くなっています。
 東武トップツアーズ、復興庁との福島復興事業、熊本県の肥後おおづスポーツ文化コミッションの事業など、行政からの依頼も受け、さらに普及に挑戦は続いています。

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2)江戸時代の伝播と現代までの継承
3)昭和以降の継承、そして未来へ
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2) 無外真伝剣法訣 2
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