百足伝コンクール

一般の部

エントリーNo.1

15 兵法の奥義は睫の如くにて あまり近くて迷いこそすれ

奥義とはいっても奥底に潜んでいるものではなく、修行を極めない限り気づかないが、実はシンプルで身近なところにあるものである、という意味かと思いますが実は奥が深く様々な考え方があるのではと考えております。
私は鵬玉会にて居合を昨年12月より習いはじめ、6級を頂いたところですが、道場やオンラインにて教えて頂いたことについて少しずつ理解が深まっているように感じています。おそらくある程度習熟することで理解できる、逆に言うと一定レベルまで習熟しない限り理解することが難しい、という物事が多いのだろうと思います。対敵動作を意識する、という点において特にそうだと思いますが、組太刀と形の関連性を理解することでより意識が深まっているように思います。
一方、「木を見て森を見ず」という言葉でも言い表されますが、全体を俯瞰する意識を持たないと目の前の細かな事柄にばかり気を取られて大事なものを見逃してしまうと、いうような意味もこの句には込められているのでは、とも感じます。物事の本質を見極める意識を持つ、ビジネスにおいては社内外含めた相手の真のニーズを見極める、ということです。その力は各種業務(依頼)に対して、なぜこの人はこの仕事を依頼してきたのだろう?この仕事は何のために必要なのだろう?この仕事を仕上げることでどんなことが実現できるのだろう?といった日々の業務(依頼)に対して疑問を持ち、目的を見出す意識を持つことによって培われるものではないかと思います。その結果、相手の依頼に対して、こうした方がもっと効果的ではないかといった逆提案ができ、より相手に対して真摯に向き合うことができるものと考えております。また、本当に必要な作業のみ実施する(無駄な作業をやらないで済む)、といった業務効率化にも非常に有効で一石二鳥です。

私にとってこの句はマネジメントにおいても有効であり、表面上に現れる事象だけではなくその本質がどこにあるかを見極める意識を持ち、軸をぶらさない、ということの重要性を訴えかけているように感じました。(877文字 制限内)

エントリーNo.2

20 兵法の強き内には強みなし 強からずして負けぬものなり

■成立した時代背景

 無外流が成立した5代将軍綱吉公の時代、戦国時代から太平の世に入りつつあった。戦国の気風を残す社会から人心穏やかにするために「生類憐みの令」を出すなど、殺傷が当たり前の社会から精神を和ませる政策が出された時代であった。剣術は乱世における生存技術から、太平を維持する活人剣、剣禅一如の思想へと位置づけを変えた。

■無外流の特色

 抜きつけの一刀を以って勝つ。大変シンプルだが日々の鍛錬で圧倒的戦力差がなければ実現できない。また、これは不特定多数との戦闘を前提とし連打連撃を駆使する中国武術とも異なり、日本の武断思想の体現でもある。これは鍛錬技法だけでなく、日本人としての精神性を磨く上でも重要である。

■戦略論としての百足伝

 近年国から個人まで汎用性がある戦略論として「戦略の7階層」がある。

1思想2政策3大戦略4(個別・事業)戦略5作戦6戦術7技術

百足伝にはこのすべてが含まれており、身体鍛錬とともに戦略思考が身につく。

■思想としての百足伝

 百足伝の中には一見矛盾する教えを孕んでいる。16,17は流派を極めることを説く一方で、それとは関係なく勝つ道を追求することを教えている。この矛盾は悪いことではなく、流派に拘泥することなく、目的である「生きること」に焦点を当てている点でむしろ本質的である。百足伝はそれぞれの教えが有機的に影響し合っているが、「20 兵法の強き内にはつよみなし 強からずして負けぬものなり」という教えは、その中でも日々の生活の大戦略として重要性を持つ。

 個人の生活の中でも全方位的に強いと言える人はほぼいないが、全方位的に小さな勝ち負けは存在する。(会議での意思決定、競技、投資、ゴミ捨てに行く人、場所取り・・)人生で注力している項目でも絶対的強者であることは極めて稀であり、強者であっても強者然とすればひがみや敵も多くなり、多対一では勝てなくなり、支えとする強みが折れた時、建て直しが困難になる。あらゆる人が強さを磨く一方、強いと思って戦い続けることは一面では得策ではない。

しかし、生きる残るためには負けない方が重要であり、豊かな生活に繋がる。負けないためには、

1.強者と敵対しても局所的に勝てる戦闘力

2.天の時、地の利、人の和を見極める能力

が必要である。強からずして負けぬためには、兵法の領域を飛び出し日々の生活の中で情報を張り巡らせ、資源を配分し、いざという時に勝てる戦略を常に組み立てる必要がある。

 これは国家においても同様である。現在世界は米中二極化と覇権主義の顕在化に伴い、平時から戦時へと変わりつつある。日本が「強からずして負けぬものなり」という状況を作る上では「平時にして乱を忘れず」という心構えが重要であり、戦闘に至る前から常に負けない経済、情報、信頼ある社会を作り続ける必要がある。(1193文字 制限内)

エントリーNo.3

40 「一つより百まで数へ学びては もとの初心となりにけるかな」

 この句を選んだ理由は、居合を始めた自分自身の「道しるべ」と今私が仕事で感じていることと似ている部分があると思い選びました。

 キーワードは①一つより百まで数に学びて②初心となりての2つのから考えを述べさせていただきたいと思います。入門してまだ2年と居合の道を進み始めたばかりで、何を言っているのかと思われてしまうかもしれませんが、お許しいただけたらと思います。

 キーワード①

  「一つより、百まで数に学びて」

 初めに、居合を初めてまず直面したのは、一つ一つの動きに理由があるということです。ただ刀を振るだけでは、素振りだけになってしまうのです。相手を斬らないといけないが、ただ振ってしまうだけでは、斬るどころか、逆に斬られてしまい(返り討ちにあってしまい)ます。相手を斬るために、様々な場面を想定しないといけないのだと私は考えます。これは、実は業務においてもつながっているように感じています。私自身は、駅での業務において、基本動作というものを先輩から徹底的に叩き込まれました。初めは「なんだよ!早くやろう」と思っていました。それが大きな間違えだったのです。実は、運行の基本だったため、基本動作ができていないとケガをする最悪は死につながってしまうのです。そのために、基本動作がこの「一つより、百まで数に学びて」と似ていると感じたのです。一つだけではなく様々な想定する事から、百まで数へ学んでいくことが大切であると私は、今の仕事と鵬玉会での居合の教えで感じています。

 キーワード②

  「初心となりに・・・」

 人は、様々なことが分かってくると「傲慢になってくる」実際に、ある仕事場所で先輩のその姿を見てしまったとき、「最初のころの気持ちはどこへ行ったのだろう?」と感じたことがあります。様々なことが分かってきた時こそ、もう一度初心に戻る事で「傲慢になることはなく」成長すると思います。居合においても、初心に戻る事で、斬れる居合を様々な角度から見ることができると思います

初心に戻れることで、様々なことが学べると思いますが、初心に戻れないとなると同じ事しか見ることができないため、傲慢な気持ちのままになってしまうのです。

 この2つのキーワードを大切にし、これから鵬玉会の居合の道を進んでいきたいと思います。埼玉支部では、田中支部長のご指導のもとに、私自身さらなる上へと進んでいき、鵬玉会の名に恥じぬように、居合の道に進んで参ります。(1041文字 制限内)

エントリーNo.4


11 稽古にも立たざる前の勝にして 身は浮島の松の色かな

先日、宮本武蔵決闘の場として名高い一乗寺下り松近くの和菓子屋で、喫茶を致し、松浮島という名の和菓子を見つけ、「なるほど、百足伝道歌にある松の色とはやはり緑であったな」、と一人納得。すると隣の席から、「金箔を押したのもおますんやねぇ、きれいどすなぁ。」との声。確かに金色の松の意匠もある様子。抹茶のせいか次第に頭も冴えて来て、思索の淵へと深く沈み行く。                                                              

本邦で有名な浮島は、北海道道南地区せたな町の浮島、長野県天竜川の浮島、和歌山県新宮市浮島の森、山形県大沼の浮島、熊本県の上益城郡の浮島池等、地方地方に数知れず。しかし、ダントツの知名度と言えば、やはり後鳥羽院の御製「塩釜の 浦の干潟のあけぼのに 霞に残る浮島の松」で有名、京の作庭の常石の元ともなった塩釜の浮島と、江戸中期、眩しい光明が松の木の直上に出現し、七日間、松の木が金色に輝いたという駿河国掛川の浮島堂の松。東海道の道中なれば、江戸でも噂で持ち切りだったとか。さすれば、「松の色」とは、緑ばかりとも言えず、金色もあり得るかと茶をひと啜り。                                    

そもそもこの道歌には、元歌があるらしく、「兵法は立たざるさきの勝ちにして 身は浮島の松の色かな」鹿島神傳直心影流第六代宗家高橋直翁斎源重冶の作であるとのこと。しかも「身は浮島の松の色かな」の下の句は、この方の先代神谷傳心斎平真光第五代宗家が亡くなる寸前に残した句であるとのこと。                                            

人生の最期に脳裏に浮かんだ浮島の景色とはどの様なものであったのかと、和菓子をほお張り思いを廻す。                                          

その時突然頭に浮かぶ、オンライン稽古時の武田会長の御言葉。「侍の最終的に行きつくところは座脱だ、座りながらにして、従容として受け入れられるように修練すんだと山岡鉄舟先生は語り、実際そのように座脱し、斎藤一大先輩もまた座脱されたと伝えられているんです。」まさに天啓。改めて神谷傳心斎平真光第五代宗家最期の場面を読み直すと、側近の、後の第六代宗家が支える腕の中で何度も「身は浮島の松の色かな」と繰り返したと。これこそが従容として死を受け入んとする座脱の場面、浮島とはまさに瞼に浮かぶ我が身の姿、松の色とは、執着無き静かなる思い、嬰児(みどりご)のごとき邪心無き欲得を離れた心、更には、静かに死を「待つ=松」心持ちなのではあるまいか。

ならば、道歌の示す意味は、「立つ前にして既に勝を決める稽古をせよ、そのためにはまず、浮島の如く座したる身に「死」を受け入れ、執着心や昂ぶる心を消し去り、頭で考えず邪心無き嬰児のごとく感じるままに無心に動けるまでに修練すべし。」と言うことではなかろうか。                                

「どうかしはりました?」、隣からそう言われ、現実に引き戻され顔を上げると、店の鏡に写る私の顔は蒼白で、まるで武蔵との決闘に向かう吉岡道場一門の一人の様だとニヤリ。(1192文字 制限内)

エントリーNo.5

7 山川に落ちて流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ

東山清水坂下の稽古場所を後にして、程近い六波羅蜜寺へと急ぐ。脳裏には、「南無阿弥陀仏」の六文字を表す六体の阿弥陀仏を口から出している空也上人立像が先ほどから鮮明に浮かんでいる。

朝の百足伝唱和の時から、ずっと考えていたこと。本当にこの歌は世に言われるように捨て身の覚悟を推奨した歌なのか、その解釈は、柳生石舟斎宗巌の歌「切り結ぶ太刀の下こそ地獄なれ 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」に引っ張られすぎてはいないか。

元歌ともいえる歌を詠んだ空也上人に尋ねよう、なにか違和感がある通説の解釈との溝を埋めよう、そう思いながら、東山通りを左に折れ松原通りに歩みを進めた。幽霊子育飴本舗の前を左折、能の演目小鍛冶、宝刀子狐丸ゆかりの相槌稲荷の向かいの朱塗りの正殿こそが、六波羅蜜寺、その裏手の宝物館に上人はおられた。

「山川の末(さき)に流るる橡殻も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」(空也上人絵言葉伝)

世俗の解釈では、栃の実は自分から身を投げ川に飛び込んだからこそ、だとか、一身を犠牲にする覚悟で身を投げ出してこそ、だとか、流れの中で慌てず流れに身を預けてこそ、だとかの説が溢れている。しかし、空也上人は明確に、栃殻が身(実)を捨ててこそ救われる、と言っておられる。身は捨てられる対象であり救われるものではないのである。そして、浮かむ瀬とは、仏の悟りをを得る機縁、成仏の機会、安心立命の境涯なのである。つまりは、木から落ち、川を流れ下る栃の実は流れに飲まれ沈み流されるも、その身(実)を離し捨て去れば、栃殻は、身軽になりて浮かび上がることができる。同様に、我執に凝り固まり、自頼心ばかりの衆生も、一切を放下しひたすら仏縁にすがれば、悟りを開き、極楽浄土への道に進むことができるとの教えなのだ。やはりそうであったのだ。ようやく朝からの胸のつかえが降りる心地がした。

百足伝の一から八までの、入門者の稽古への心構えを説いているように思われる配列にあって、七番目に早くも捨て身の戦術を説くような解釈はやはり順当とは言い難く感じる。それより、空也上人が説くように、貯め込んできた全てのものを放下すること、つまり、入門者が、これまで習得してきた流派の剣や、知識、経験、考え方などに固執執着せず、一度全て放下し、我執を離れ新鮮な気持ちで無外流を稽古することこそが上達の道であると説いたものではあるまいか。

すっきりしたら腹がすいた。このまま南座横の松葉まで行き、にしんそばでも食べて帰ろうと歩き出した。(1072字 制限内)

エントリーNo.6

3 うつるとも月も思わず うつすとも水も思わぬ 猿澤の池 

京都駅八条口の近鉄乗り場から奈良行き特急に乗り、柳生宗矩がこの歌を詠んだ猿澤の池に向かう。東向商店街を下り、突き当りを左に曲がり緩やかな坂を上がれば、猿沢の池に近いのだが、やはり、商店街を歩くより、新緑の春日山が見たい。奈良公園、春日大社へと続く大宮通りに出て、春日山を見上げて歩き、奈良県庁の角を右折、興福寺境内を通り、五重塔を見上げながら、石段の手前まで行くと眼下に猿澤の池が見える。その石段には名前があって「五十二段」、一段一段が菩薩が仏となる修行の段階を表すとの事。五重塔を背に石段を下ると左手に吉田屋旅館、遠い昔、中学校の修学旅行で泊った宿、初恋の人の面影も浮かぶ。猿澤の池はその向かい、周囲360メートル程の池だ。芥川龍之介の「龍」で天に龍が上った池、帝の寵愛が衰えたことを嘆き悲しみ采女が身を投げた池、「澄まず、濁らず、出ず、入らず、蛙はわかず、藻は生えず‥」等と言われる不思議な池である。池を半周すると、水面に興福寺五重塔の影が映る様子はまさに絶景。いにしえ人ならずとも感動を禁じえまい。しかしながら、それほど広い池ではないので月をうまく池の水面に映すには、我が身を動かし見る場所を移動しなくてはならないかもしれない。この辺が柳生新陰流剣術の秘剣水月の位、「心を移して相手の動揺を誘い、水面に波を立てさせよ。」「相手に心が生ずれば映してその身の動きを察せよ。」と言う柳生の能動的な剣術に繋がっていくのか、などと素人考えをしてしまう。だが、なにか違和感。意識は猿沢の池を離れ、遠く京都北嵯峨へと空想は広がって行く。

京都市右京区にある広沢の池は周囲1.3キロ程もある池。平安時代より観月の景勝地としてつとに有名で数々の歌に詠まれてもいる。

この道歌の最後の部分「猿澤の池」を「広沢の池」と変えただけのものが、「心こそ心迷わすこころなれ‥」を詠んだ沢庵和尚の作として伝えられている。どうもこちらが元らしい。臨済宗大徳寺僧侶沢庵宗彭はこの歌に、月も映ろう水も映そうと思ってるわけではないと、「無為自然」、禅の境地の思いを込めた。

ただこの歌の置かれた順番は三首目、前の歌でも、やみくもにはやる気持ちで稽古に打込む事を制している。口ずさめば、そんなに焦って、正確に教えよう、全てを覚えよう、とお互いむきにならずとも、素直な心で稽古をすれば、おのずと師の動きは門弟に写し取るように移っていくものだ、今日できなかったからと言って悲観せず、地道に続けなさい、と教える側、習う側双方に優しく諭すかのように聞こえる。脳裏に浮かぶ広沢の池の優しげでゆったりとした景色のせいか。百足伝の道歌としては広沢の池の方がふさわしく感じる。見上げれば、まだ日は高い。柿の葉寿司をつまんでから、興福寺国宝館の阿修羅像に会いに行くかな。

(1188字 制限内)

エントリーNo.7

12「曇りなき 心の月の 晴やらば  なす業々も 清くこそあれ」 

この首の背景は、なぜ夜なのでしょう。なぜ、太陽や日の光ではなく、夜の月なのでしょうか。

 そういった疑問は抱きつつも、私がこの首を選んだのは、晴れた夜空に浮かぶ月に照らされながら、その綺麗な夜空と同じように雑念を抱かず、一心不乱に刀を振って稽古する清々しい情景が目に浮かんだからです。私は稽古の際に、雑念を取り払って、一挙手一投足、理合いを意識しながら命の駆け引きで負けてしまわないよう、集中するように心がけています。それでも、時として雑念が頭をよぎったり、適当に刀を振ってしまったりと、失敗だらけです。それ故、澄んだ心で形に集中し、理想通りに決することができたときは、清々しく終えることができます。そんな自分の稽古の情景と重なり合って、この首には惹かれていました。

 しかし、改めてこの首の意図する情景と真意を考えたとき、違和感を覚えました。

 冒頭で述べたように、なぜ、この首の心の情景は日が燦燦と照る日中ではないのか。もしかしたら、夜であることが必然であったのではないか、と考えてみました。そう考えると、状況が変わってきます。この首は、果たして稽古中の心情を語っているのか。いや違う。敢えて、夜に、業々を繰り出す、そしてそれは清いものである、と信念を持って主張している。そう、これは闇討ちか。しかし、『清くこそあれ』で締めくくっているところから、正義のための成敗ではないか。私の好きな首なので、多少ひいき目で見てしまっている感はありますが、敵を闇討ちすることの理由に一点の負い目もなく、むしろ正義を感じます。よく晴れた綺麗な月夜に、その綺麗な心を持って悪い輩を成敗するのだという自負をお持ちなのでしょう。しかし、この刺客の自責の念や葛藤も見えるような気がします。本来、人を斬ることが正義である訳がありません。それを承知した上で、悪を排して世の為人の為に善行として行う清い行為として実行したのでしょう。苦しみ悩んだ末に目的を果たし、やっと晴れ渡った夜空の月のように心情が落ち着きを取り戻した様にも見えます。この成敗劇に至るまでには、苦悩があったことが推察できます。

 人を殺めないに越したことはありません。しかし、時には自分の正義を持って、やらねばならぬ時が剣客にはあるのでしょう。そんな剣客の正義、葛藤、宿命を感じました。

 この首の私の捉え方が今までと大きく変わりましたが、今後も、この首を大事にし、侍への憧れの気持ちを大切に、楽しみながらも、自分に与えられた責任の重さも承知して、身を引き締めて稽古に励み続けようと決意する機会となりました。(1111文字 制限内)

エントリーNo.8

31  心こそ 敵と思ひて すり磨け 心の外に 敵はあらじな。

この一首選んだ理由の一つに、自らの人生そのものと感じ、また、PTA会長として六年間、児童生徒達、自らの子らに伝えて来た言葉に、人を恨むな、僻むな、腐るな、己の弱さに勝ことが人生で一番大切で、難しいことだと訴えてきました。ですが、自らが未だ己に甘く、弱さに勝てぬ自分がある日々を怠慢に暮らしている事に改めて気づく一首であります。

己の心こそ敵であり、心を磨き、強く、また、人に優しくなれるのか。

我が国の道徳心は武士道にあり!私はそう思っております。学校教育も家庭教育も、この一番大切な教育を怠っており、学力や人権教育、更には国語より英語を優先するあり様です、英語教育、所謂グローバルスタディの目的は、国際的に活躍できる人材を育てる、とのことです。

果して英語力を持てば国際的に活躍できる人材が育つのでしょうか?

私はそうは思いません、真の国際人とは自国の歴史や文化、伝統、御先祖様を誇れる自尊心の強い日本人でなければならないと感じております。

自尊心の強い日本人とは、正に己の心の強さだと思います。学力でも体力でも無く、落ちこぼれであろうが、ありのままの自分が肯定できる事が心の強さに繋がるのではないでしょうか。

文科省や教育委員会では、学力や運動、自分の得意なことを頑張る事による自己有用感が付けば、自ずと自己肯定感がつくと言っております、

ほんとうにそうでしょうか。私は違うと思います、イジメ問題に関しても、イジメをさせない!イジメを許さない!イジメが起きたらどう対応するかを議論しますが、イジメをしてはいけない、イジメができない心を育てる教育はされていません。

イジメこそ、利己的な心の弱さであり、強い者、怖い物に立ち向かう心の強さはありません。

心の弱さを克服するには、「滅私奉公」(私心を無くし、私利私情を捨てて公の為に身を捧げ尽くすこと) 

己より他人や公の為に何ができるか、人に優しくなければ、己を犠牲にする事はできません。己を犠牲にできてはじめて己の心の弱さに勝つことができるのではないかと思っており、また、これは武士道に由来するものでもあり、「義を見てせざるは勇なきなり」そのものであると考えます。 自分以外に敵はなし!仁をもって己の弱い心を斬ることが、究極の強さになり、そしてそれは普段の生活はもちろん、無外流を学ぶことを通じ、鍛錬を重ね、心を磨いて行くことに答えが見えてくるのではないかと感じました。鵬玉会心得にある、心は常に「静」そして丸くあれ。心こそ、心迷わす心なれ 心に心、心許すな。人生永遠のテーマでございます。(1056文字 制限内)

エントリーNo.9

31 心こそ敵と思いてすり磨け 心の他に敵はあらじな

『納得ができない』

 十数年前、当時空手少年であった自分が、息が白くなるほど冷え切った道場で、師範へ言った言葉だ。

 小学校1年から空手を習い始め、誰よりも稽古に励んでいると自負していた。
 また、大会での成績も良く、数年後には初段となっていた。

 納得できなかったのは、二段を取らせてくれなかったことだ。
 師範曰く、『二段は16歳になるまで取らせない』とのこと。

 文字通り、心身ともに子供で、血気盛んな自分には到底理解できず、理解しようともしなかった。
 自分よりも弱く、武道歴も浅い人間は、二段三段となっているのに、自分は年齢という制限で審査を受けることすらできないことに、嫌がらせを受けているのではないかとすら考えた。

 『そう焦る必要もない。2,3年今まで通り稽古に励めば取れるではないか』
 師範や大人たちは、皆、口を揃えて同じことを言う。
 しかし当時の自分にとって、そうは言われても、その2,3年はとても長く、理由もわからず到底納得できることではなかった。

 今回、百足伝三十一【心こそ敵と思いてすり磨け 心の他に敵はあらじな】について考察するが、これは「鞘の内」に通じているのではないかと考える。
 文豪浅田次郎先生の「一刀斎夢録」の中で、居合を「出会いがしらの一撃で勝負を決する剣」と表現し、剣を抜いて構える立ち合いとは違い、刀は「鞘の内」となっている。

 鞘離れの一刀で制するのが、居合の至極であると考えるが、おそらく、名だたる剣豪の勝敗は、抜刀前にはすでに決まっており、気力で敵を圧倒しているのではないかと、この三十一首から感じとることができた。

 これは刀を抜かずに勝つといった居合の極致になるのではないか。
 自分の心を一番の敵と考えることで、他人と比べることや、逸ることなく稽古に励むことができ、敵と対峙した際には、その鍛錬の結果、心を乱すことなく圧倒するほどの気力となるのであろう。

 当時空手少年であった自分は考えもしなかったことだ。
 目の前の事しか見えず、精神に関しての鍛錬は全くできていなかった。

 師範の言った『二段は16歳まで取らせない』
 これは技術ではなく、精神がまだまだ未熟であったからに違いない。
 これでは成長することはおろか、二段の器ですらなかったであろう。

 十数年が経過した現在、思い返してみれば、師範や周りの大人たちが言っていたことがよく理解できる。
 大人の言っていたことが理解できるということは、成長したと言うことだろうか。
 いや、二段審査を受けてもいい精神となったのだろう。

 精神を鍛える、心を常に『静』とすることは、おそらく技術を上げることとは比較にならないほど難しいものであり、この先、数十年追い求めていくものだろう。
 また、これはすべての武道においても共通の極致なのではないだろうか。

 『一法実に外無し』
 自分の心に勝つ事こそ一本の真理と私は熟考する。(1162文字 制限内)

エントリーNo.10

37 「剣術は何に譬へん岩間もる苔の雫に宿る月影」

素直に訳せば、剣術を何かに譬えるならば岩間から染み出した清水が苔に滴り落ちその雫に映り込む月の形であろうか、となると思う。

岩間から染み出した清水とは稽古で得た知見や身に着けた力、稽古の成果であり、また雫に映る月影は自分の姿、実力であると思う。

日々変わる月の形のように、稽古を続けることで上達していくということだと思う。

月の形で言えば、新月から始まり、基礎や基本知識を身に着けて、上達を感じながら満月に向かっていく。満月は中間点、段で言えば脇差が許される参段ではないかと思う。というのも、参段くらいから自分の上手さよりも下手さに気が付くことができる。場所長や支部長になり、人に説明するときに自分がしっかり理解できていないことに気付いたり、鏡を見たり動画を見たり、客観的に自分の形を見てどこが悪いか考えたりできるようになるのもこのあたりだと思う。自分の「できない」に気が付く参段からは今度は月が欠けていき

新月に戻っていくのかなと思う。

新月から始まり実力がついてきたことに満足しながら満月を目指すけれど一定の位置まで行くと下手さに気づく。それでも稽古を続けた先に、辻月旦が描いた一つの円のように新月に戻っていくのだと思う。

もしかしたら満月と新月を繰り返す月のように、何度も繰り返し終わりはないのかもしれない。そうだとするとこの句で言っているのは岩間から染み出す清水のように少しずつ少しずつ実力をつけていき、それが滴り落ちたとき、昇段や昇級したときに自分を見つめなおしなさいよ、そして新月と満月を繰り返す月のように剣術には終わり。ゴールはないから今の自分に満足することなく稽古に励みなさい、ということをいっているのだと思う。(708文字 制限内)

エントリーNo.11

39 兵法は君と親との為なるを我身の芸と思ふはかなさ

百足伝は大変興味深く学びの多い句が多い。
なかでもフィーリングで「好きだ」と感じるのが第39句である。
なぜこの句に惹かれるのか思いを巡らせる。
一太刀一太刀を大事に思えるから好きなのだ。
稽古ができることの嬉しさが湧き上がるから好きなのだ。
みなで集まって稽古をする素晴らしさがつまっている句だと感じるから好きなのだ。

この「私の好きな一句」について少しばかり文字を綴りたいと思う。
よろしければお付き合いください。

まずこの句を素読みしてみる。
時代背景を含め単純に読んでみる。

兵法を修めることは君主国家や親や家の発展に資するためであるのに、
上達したのは自分の手柄であるかのように思い至るのは、消えやすく長続きしないことである
(あるいは、もったいないことである)

身も蓋もないのではあるが、要は「成長したのは、自分ひとりの手柄じゃないよ!」ということだ。

話はかわるが、刀を振り下ろすとき空中に何をイメージして切るだろうか。
みな様々イメージするものがある。
わたしはというと「未来の自分」を斬っている
今日のまま、今現在のまま、成長できない何も変わらないままの明日の自分を斬っている。

初めて鵬玉会の門を叩いた日の自分が、今日の私の後ろにいて声援を送ってくれているように感じる。
もっと上達するように、もっと強くなるようにと応援する声が聞こえる。
未来のわたしは、正面でこちらを見据えながら「斬り倒してみろ」「このままでいたいのか?」と発破をかけてくれる。
精一杯振り下ろした刀の先で、斬られたわたしは満足そうに煙のように消える。
そんなイメージで稽古をしている。

体験稽古のときはじめて刀を差し、抜き、振り、納めた人も多いのではないか。
わたしもそのクチだ。けれど今では当たり前になっている。
日々稽古をしていくうちに、きっと以前よりは少しは上達しているはずだろう。

明日の自分を斬ったのは自分だ。少しずつ上達したのも自分だ。
けれど、それらはすべて自分ひとりで得た成果だろうかと考える。
否であることは、明白だ。

稽古する場があり、集う仲間がいて、差し伸べてくれる先達の手があった。

道場があることのありがたさ、稽古場所を維持する大変さを思うと、身が引き締まる。
稽古を無駄にしたくないと思う。
我が家は夫が自営で、軌道に乗るまで仕事を手伝っていた時期がある。
いくら実力があっても、なにもないところから場所を借り、維持することは並大抵の努力ではないということを少しはわかっているつもりだ。
加えて、この疫禍である。
頭がさがるおもいである。


稽古場所ではみな真剣に向上し、そして新入りでも気安く仲間にいれてくれた。
会員は老若男女様々であるが、みな親切で別け隔てがなかった。
そのような仲間と、ああだろうか、こうだろうかと互いに意見を交わし切磋琢磨する時間は代えがたい。
「抜刀うまくできないんだよね」「こんなふうに教えてもらったよ」など居合談義を気安くできるのもいい。
みんなでたべる稽古終わりの食事や帰りの電車でのおしゃべりもたのしいものだ。
月なみな言葉だが、世界は広くていろんな楽しいことがあるなかで、皆何かしらの方法で鵬玉会にたどり着き、そしてある種同じ釜の飯を食べている。
出会ってくれてありがとう、そんな気持ちである。


そして、「こんなことまで教えていいのだろうか?」というくらい、まさに手の内まで教えてくださる。
思い通りに動かない体、すぐに忘れてしまうフォーム、一進一退の成長にみなさん本当に根気よく付き合ってくださる。
家に帰れば自宅稽古もできる。
DVDもあり、更にオンラインアーカイブではより突っ込んだ部分やつまづきがちな部分まで惜しげもなく指導がうけられる。
そして、具体的に指導をされているときだけ手を差し伸べられているのではない。
仲間が稽古する姿を見るとき、うまくいったとき、うまくいかなかったとき。
それら全部が私の糧になっている。
もしかすると、私は私で、私なりの成功や失敗、なんとか繰り出す一太刀で誰かに手を差し伸べているかもしれない。


さて、句の話に戻ろう。
冒頭では時代背景を鑑みて意訳をした。
当世風で考えるとどうなるだろうか。
君や親の部分を以下のように考えることもできるのではないか。

君…鵬玉会で無外流居合を志す仲間
親…稽古をするのに助けてくれた人や物

そして、意味としては同じ意味だが上の句と下の句の順番をかえるともっとわかりやすい。

兵法を修め上達したのは自分の手柄だと思えば消えやすく長続きしないことであるが
君主国家や親や家の発展に資するためとおもうならば、長く続くものである(有益である)

つまり、長続きする秘訣、もっと有益になる秘訣、
もっと言ってしまえば儚く消えてしまうことのない「本物の秘訣」をこの句は秘めている。

現代風に意訳するとこんな感じだろうか。
自分一人で強くなった、それだけをおもっていてはもったいない。
鵬玉会で無外流居合を志す仲間や、稽古をするのに助けてくれた人や物を思ってみる。
そうして稽古すれば必ずや「本物」になれるのだ。

人はなぜ道場に集うのか。
刀を振るだけなら、一人でもいいじゃないか。
しかし、そうではない。
志を同じくする仲間がいるから強くなれるのだ。
集うからこそ、大事にできる一太刀があるのだ。
その一振りは「本物」になるのだ。


明日は昇級審査を受ける。
もっと強くなれるように。
いつかわたしも誰かに手を差し伸べられるように、この句と共に日々の稽古に取り組んでいく。

最後に浅学ながら第39句をオマージュした創作にてこの文章を終わらせていただく。

「兵法は君と親との為なれば ただ一太刀こそ我身とぞなせ」(2283文字 字数オーバー)

エントリーNo.12

26 雲霧は稽古の中の転変そ 上は常住すめる月日ぞ

百足伝40首の全体観として、直ぐに意味が理解できる歌がある一方、難解で意味がよくわからないまま唱和している歌もある。本首は私にとって後者であり、敢えて今回の考察の対象として、理解を深めることに挑む。全40首のうち、「兵法」を含む歌は9首、「稽古」を含む歌は5首、本首26番は「稽古編」の五番目、最後に位置している。

「兵法編」が9番から始まり主に中盤・後段に展開するのに対して、「稽古編」は冒頭1番で「清水の末の細々と絶えず流るる心」から継続の大切さを説き、5番で「山澤河原」「崖や淵」「飢えも寒暑」と試練を超えていく意義を説く。11番では9番と連動し「立たざる前の勝ち」の稽古での実践を唱える。そして「兵法編」5首を間に挟みつつ、23番にて「朝夕に心にかけて」の稽古で「徳を得る」ことを伝えた後、本首26番で「稽古編」を締めくくる内容を示している。

 「雲霧」は「有為転変」、即ち万物が常に移り変わることの象徴として、稽古の中では環境・条件・敵の変化に適切に対応できるように技量の向上に努めるべきことを説いている。そして、その先に目指す「上」の世界は「常住」、即ち永遠不変、変化せずに常に存在する世界、「一法実無外」の唯一の真理であると説いており、その象徴として「雲霧」が晴れた「澄める月」や「日」を表象している。

 ここで重要なキーワードは、「月」であり「月日」である。百足伝40首中、「月」は6首に登場する。先ず3番で月と水の関係、禅の世界で無心を象徴する歌を引用、8番で「同じ雲井の月」を仰ぎ見て目指す道の普遍性、12番では「曇りなき心の月」と「業々」の清さとの関係を示し、30番では無外流の流儀を「水中の月」に喩えている。そして37番は剣術を「苔の雫に宿る月影」に譬える。百足伝全編を通じて「月」は求道の末に目指す世界や真理の象徴となっているわけである。

そして多賀自鏡軒は、この26番で重要な掛詞を仕組んでいる。常住の世界は「澄める月」に喩えるが、そこには「月日そ」から連想される流祖「辻月丹資茂」が居る。この歌には流祖への深い敬意が伺えるのである。

私個人の一番の座右の銘は、寒山詩にある「八風吹けども動ぜず天辺の月」という禅語である。「八風」とは利・衰、毀・誉、称・譏、苦・楽であり、人の心を惑わし煽り立てる八つのもの。四順・四違とも言われ、人生は常に毀誉褒貶や苦楽という表裏一体の風に吹かれているが、強風に万物が影響される中、天上に輝く月は、少しも動じず悠々と照り輝いている。そんな確固たる信念、不動の心をもって生きていくことを志している中、百足伝の「月」は見事に私の中では座右の銘と連動して心に迫ってくる。有難いことである。(1115文字 制限内)

エントリーNo.13

32 「習うより慣れるの大事願くは数をつかふにしくことはなし」

百足伝から一首選んで感想文を書くにあたって好きな歌はいくつかありますが自分はこの歌に決めました。32の「習うより慣れるの大事願くは数をつかふにしくことはなし」を選びました。この歌は次の33の「馴るるより習うの大事願くは数もつかへよ理を責めて問へ」対になっている歌なので両方の事を書いてしまいそうですが、

物事を学ぶには練習の数をこなし慣れる事はとても大事なので自分はこの歌が好きです。今後の自分の方向を教えてくれているような気がします。少し前の話しですが自分が消防団に入団して少ししてから1年に1度ある消防操法審査会という大会の訓練が始まりました、自分は選手になりました。1隊5人で行い指揮者の号令で隊員4人が合わせる動作があります1人が間違えても4人が減点されます。初めてだったのでなかなか合わなくて困っていたら、60歳ぐらいのとても煙草好きの先輩が「まだ若いんだから、数をやればすぐできるようになる。よし一緒にやろう」と言って休憩時間好きな煙草を吸わないで何回も何回も一緒に練習してくれました。そのおかげでできるようになり大会に出場しました。そんな自分ですが毎年大会に出場しています。数年後には優勝することもできました。今は指揮者になり号令をかけたり隊をまとめてます。今でも大会の時期に来るとその先輩の事を思い出します。この歌のおかげで居合いと先輩が自分の中で出会うことができました。これからの自分の姿がどうなっていたいかを考えると先生に習った事を何回も何回も繰り返し練習をしてできるようになってうれしかったり、変なクセがついて直すのに苦労したりと成功と失敗を繰り返しながらまだ歩き始めたばかりの武道の道を今の自分より一歩づつ前に前にときには楽しむことも忘れないで長く進んで行きたいです。   (742文字 制限内)

エントリーNo.14

曇りなき 心の月の 晴やらば なす業々も 清くこそあれ

居合には美しさも必要だと教わりました。その美しさとは何かということを表した詩だと思っています。居合の型は自ら主体となって動くのですから内面の心情が表されて伝わるのは当然のことだと思います。試合や審査でもよく緊張感や迷い不安等は伝わってきます。その伝わってきたことを美しさとして判断するには難しいことです。抱えてしまう心情を見る相手に対して感じさせなくなったら、「なす業々も 清くこそあれ」ということになって美しさに繋がることだと思います。ではどうやって心情を、「曇りなき 心の月の・・」のような心情になれるのかと考えた時に「禅」を学んでみようと思いました。とても難しいものでしたが、思考錯誤するなかでとても分かりやすい教えに出会いました。その教えは「考えることを止めること。学ぶための方法や手段は様々あるけれど、その方法を達成しようという考えに囚われてしまう。何事にも囚われずにいること大切です・・」心情を深く捉えた教えでした。考えることを止めることは簡単なことでは無いのですが、形の手順は稽古の年数を積むと自然に身体が覚えてきますのでまずはそこから初めてみました。次には周囲の環境に囚われずに余計な考えを持たずに動くことを心がけることにしました。しかしまだまだ心が囚われていて美しさには到達ができずにいます。武道としての力強さや斬れる鋭さを求める稽古も必要ですが、心の修養も大切なことを気づかさせてくれました。この詩のように斯くありたいものだと思い選びました。(629文字 字数不足)

エントリーNo.15

3「うつるとも 月も思わず うつすとも 水も思わぬ 猿澤の池」

一見したところ状況描写である。月は存在していて、映ろうと思って存在していない。一方で水は月を映そうとは思っておらず、ただそこにあり、結果として月は水に映り、水は月を映している、そんなある池の状況である。

映ろう、映そうというのは意思であり、心の状況を説いたものだろう。

これは何を意味しているのか考えてみたい。

武術的に見ると、打とうとする気持ちや勝ってやろうという意思を否定しているのではないかと思う。そして、ただ状況に応じるということを伝えているのではないだろうか。

例えばじゃんけんで、相手が何を出すのかをサインを発していて、事前に分かる状況では、百回戦ったとしても勝負は決まっている。だからこそ、相手に伝わるような意思をできるだけもたず、ただ相手の動きに応じて勝つということではないかと思う。

無外流で私が習ってきた技、五応は敵に応じた技である。敵の攻撃に対し、後発の状態で相手の攻撃を瞬時に判断・区別しその攻撃に対し反撃し、勝つものと理解している。しかし、相手が打ち→確認し→カウンター技を選択→実行できるためには、認知して腕や足が瞬時に動く必要があるが、物理的な人間には難しいものではないだろうか。つまり、見てどうするかという問題ではなく、感じることが重要であることと思う。感じるというよりも、相手の反応が心に映るということかもしれない。

物理的な技術は手順によって練習で実践可能になるだろうが、心の技術については反復してトレーニングができるとは思わない。筋肉とは全く別個の技術体系が必要であると思う。

そこで心は何かといった問題になるが、心は何かを感じるもの、喜怒哀楽や正義感、罪悪感、そういったものに関わる器官であると思う。

人を理解し、洞察力を高めるためには、人生経験が必要であると思うし、日常生活での意思決定や、人間関係、本や映画や芸術で感性を磨くといったそういうことをしないと、この第 3 首の境地にはたどり着かないのかもしれない。

最近社会で生きていて、世の中が息苦しいと感じることがある。
それは国力が落ち、ありし日の自信を喪失し、先行き見えない不安もあるだろうし、社会がが複雑化し、格差も広がり、各個人に求められる能力も細分化し、容易に自己実現ができずに満たされない承認欲求や、苛立ち、閉塞感等があると思う。そうした状況を反映しているのか、現実逃避的な SNS や youtube 等、エゴとエゴの張り合いで、寛容性が失われている。

つまらない自分を抜け出すためには、人を羨やむのではなく、目の前のことにポジティブに好きなもの、嫌なことでも前向きに取り組む、つまり目の前のものに応じていくことで、気がついたら自己実現ができているのではないかと思う。

この 3 首の境地が何を意味するのか、実践できるのか今後の人生で検証してみたいと思う。(1154文字 制限内)

エントリーNo.16

29 麓なる 一本の花を 知り顔に 奥もまだ見ぬ 三芳野の春

会長にも、他の会員にも、家族にも、友達にも。意味合いは違えど、度々聞かれることがあります。「居合の何が面白いのか?」

始めたばかりの頃は、一つ一つの動作に意味があることが面白いと答えていました。教わること全てが初めてのことで、稽古の度に知識が増えていくことに面白さと喜びを感じていました。また、それを知ることで自分が成長したような気もしていました。

しかし弐段を頂いた頃から、同じ問いに対する答えが変わりました。今ではこう答えています。「やればやるだけ課題が見つかり、ゴールが見えないところが面白い。」

体験の時に教えてもらった、立つ時の足は砂浜で砂を噛むようにするということに、二年以上経って、これかもしれないという自分の中での理解が生まれました。ある時の稽古で、何の前触れもなく、本当に突然腑に落ちました。何回も稽古をして、何度も同じことを教えて貰って、場所も預かっていたのに、ようやく落とし込むことができました。その時初めて、知識が増えていくだけでは到底上達はしないのだと、身をもって知りました。その時から、人に伝える言葉にそこだけ実感がこもっています。

それでも100%の理解ではないし、できている自信もありません。立ち方一つでも、やればやるだけ、考えればその分だけ、新しい発見と理解が生まれることが面白いと思います。

初段を取ることがゴールになっている人がいると聞きますが、本当にもったいない。自分が初段の時にわかっていたことなんて、表面上の知識に過ぎませんでした。

段を頂いてようやくスタート地点。初段も弐段も大きな違いはなく、脇差を許されてから、また違うものが見えてくるのではとわくわくしています。いつか参段の審査を受けられるように、色々な方から頂いたアドバイスを知識として、今日よりも明日理解が深まるように稽古をしていきます。

「麓なる 一本の花を 知り顔に 奥もまだ見ぬ 三芳野の春」

ずっと続く見たことの無い景色、居合は本当に面白いですね。(815文字 制限内)

エントリーNo.17

36 兵法をあきらめぬればもとよりもっ頃の水に波は立つまじ

 面白い企画にぜひ参加させていただきます。
 百足伝は稽古の前に唱えますので無外流を学ぶ私たちにとって馴染み深い歌だと思います。
 武道の世界には稽古のために独自の「心得」というものがありますが、無外流の心得でもある百足伝は古い言葉で構成されていますので内容を理解するのがなかなか大変です。ですが声に出して唱えてみるとどうしてか楽しくて、再び声に出してみたくなるものだと自分は感じています。

 さて、私が大好きな一首は、三十六番の「兵法をあきらめぬればもとよりもっ頃の水に波は立つまじ」です。この一首が単に好きと言うばかりではなく、剣を振っている時の自分の心境がまさにこの状態の時だと時々ですが実感させる一首だからです。まだ半人前なので、稽古でうまくいかず焦った気持ちで振っていたり、落ち込んで力なく振っている時もあります。この一首の通りの心境になることが少ないかもしれません。。自分にとって常に意識しておきたい目標でもあります。

 僭越ですが、この一首に自分なりの考えを述べさせていただきます。百足伝には兵法という単語がよく出てきますが、兵法というと孫氏のように戦の手段、方法の意味合いが一般的かと思います。しかし二十二番の兵法を使えば心治まりてや三十九番の兵法は君と親との為なるをという言葉を見る限り、戦の手段という意味よりは自鏡軒の自鏡流つまり無外流という意味に置き換えるとしっくりきます。また、三十六番のあきらめぬればは古語の明らむが適当であり、明らかにするという意味であります。語句は未然形の明らめと助動詞のぬとなります。

 そうしますと、兵法をあきらめぬればもとよりも心の水に波は立つまじは「無外流を明らかにすればもとの心の水に波は立たない」と理解できるかと私は思います。昔、大学の専攻が日本文学で古典を習っていたためこの経験を生かすことができて嬉しく思います。私の勝手な解釈もとい意見ですので、間違っておりましたら失礼します。

 そして無外流は禅と繋がりがありますので三十六番は禅的な考えにも近いような気がしてくると私は思います。禅の本質は無念無想の境地であることなので、三十六番のもとよりも心の水に波は立つまじは雑念がない無心の状態であるかと思います。ここで「無外流を明らかにすればもとの心の水に波は立たない」というふうに解して歌を読むと極めるところ「無外流は禅である」とよく知られている本質に合致するのではないかと未熟者なりにそう感じました。

 特に私は剣を振っている一瞬の間が無心となれる気がして、たまに雑念が入りますが、「それでもその刹那が大好きです。まだまだ未熟ですが昇級を目指して頑張っていきたいです。(1099文字 制限内)



エントリーNo.18

15 兵法の奥義はまつ毛の如くにて あまり近くて迷いこそすれ

 青い鳥、という物語がある。
 あれの主題は死と生命の意味というか、子供の頃に思った事はもっと単純で、物語の一文通り、「幸福とは気がつかないだけで、ごく身の回りに潜んでいるものなのだ」、と、それにつきた。

 兵法の奥義はまつ毛の如くにて あまり近くて迷いこそすれ

 この一首を唱和するとき、私には幾つか思い浮かべる物語や語句がある。
 その一つが青い鳥の物語であり、「見えぬけれどもあるんだよ 見えぬものでもあるんだよ」という金子みすゞの一節であり、或いは植谷雄高の遣わしたフラーゲ・デーモンが、陰鬱な表情で継げるであろう、「あるはない ないはある けれどもあるともいえず ないともいえぬ」そういった言葉たちだ。

 成程、多分世界は目には見えないもので溢れている。気遣い、忖度、そろそろ夏の気配、可愛らしいものならば恋心。

 幸福もココロも奥義も、見えぬけれどもあるもの、なのだろう。あるがない、ないがある。観音さんも仰っている。色即是空、空即是色。

 だが。
 私は此処で立ち止まる。
 まつげ、なのだ、と。
 勿論、比喩だ。そんな事はわかっている。そんなことに囚われるな、と。そんな事はわかっている。
 それでも私は、睫なのだと、立ち止まり思案する。

 睫はある。この瞳に近すぎて見えない睫。見えたら視界の邪魔だろう。逆睫は刺さって痛痒い。
 そう、睫というものは、幸福や心といったふんわりとしたあやふやなものではない。髪や爪、骨や内臓といった身体を構成する一つだ。
 遺伝子のもつ設計図がこの肉体を、自らが食べたもので作り上げていったその一つ、生物はシンプルだ。

 しかし、この「私」を作り上げるものが、血肉だけではないことを私たちは知っている。

 目に見えるもの、見えないもの、あるがないもの、ないがあるもの、表裏一体、メビウスの帯。ほら、フラーゲ・デーモンがこの背中からそっと囁き指差し示す。「まだまだほかならぬそのそこに、誰にも知られぬ面を伏せて隠れている」と。

 ・・・睫なのだ。
 あやふやな、あるかないかわからない、幽霊じみたとらえどころのないなにものかではなく、睫なのだ。

 ならば。

 そう、睫を生やさなければならない。
 先ずはほんの産毛でもいい、睫を生やすところから始めなければならない。
 そのために必要なものはなんであろう。
 もちろん答はわかっている。勿論、識っているだろう?

 睫がこの身から生えるように、奥義はこの身に宿るだろうか。
 ただ、そこに至るまでに重ねる修練は如何ばかり。
 食物がこの身体になるように、学んだことがこの身に宿ると信じ、一心に素振りし、形をなぞり、なぞらえ、修練する。

 人生という物語を体験し、物語を経験へと変えて、私たちは知識を得る。
 だがそれは、まだ知識でしかない。
 チルチルとミチルの冒険が、彼らに幸福の在処を示したように、私たちの修練はいつか睫を生やすだろうか。

 迷うことすらまだ遥か彼方、ただひたすら、日々精進する。(1182文字 制限内)

エントリーNo.19

9 兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる

私が今回意見を述べたい百足伝の一首は、『9.兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる』である。当該一首は「事前準備の大切さ」についての教えと理解しており、この教えに関する自らの考察を1.立合の日常性、2.事前準備の大切さを学んだ自らの経験、3.まとめの3点から説明したい。

1.立合の日常性

立合とは居合道に限った言葉ではなく、日常生活はまさに立会の連続である。例えば、私が身を置いているビジネスの場においては、お互いがお互いの利益の最大化を目指す中で、どう自分達のカードを切っていくか、どこで物別れとならないよう折り合いを付けるかはまさに居合道での立合に類似している(もちろん、居合道の様にその決断の結果死ぬことはないが、場合によってはその失策により左遷されることになり、企業人生を終わらせる可能性があるという意味では、死ぬことと同義とも言える)。それぞれの立合をいかに自らに有利に進めるかはひとえに事前準備が大切であり、立合の時点では既に勝負は決していることが多い。

2.事前準備の大切さを学んだ経験

  私にはこの一首を体現した経験、逆説的ではあるがビジネスにおいて準備不足により自らが滅ぼされた経験がある。2015年にロシアのユジノサハリンスクにて、ある新規プロジェクトへの参画候補数社が招聘され、各社案件獲得に向けたプレゼンを求められた。その中には各社が研究している新技術に関するものも含まれていたが、プレゼン全体の構成の検討を優先してしまった結果、スケジュールが合わず技術者を同行させることができず、営業の自分が技術分野のプレゼンをせざるを得なくなった。当然付け焼刃の知識に基づいた説明では理解を得られず、質疑応答では知識不足が露呈してしまい、結果、その案件を失注することとなった。この経験は相手と相対する前に勝負を決する事前準備の大切さを学んだ経験として現在の自分のキャリアの軸となる考え方の一つとなっている。

3.まとめ

中国三国時代の蜀の軍師、諸葛亮孔明が戦略を立てる上で参考にした『六韜』、ソフトバンクの孫正義やマイクロソフトのビルゲイツが愛読している『孫子の兵法』など、所謂兵法書は現代にも通じる考え方が多々あり、それらと同様、百足伝の教えの対象は居合道の心構えに留まらない。

今回テーマとして選定した『9.兵法は立たざる前に先づ勝ちて立合てはや敵はほろぶる』を言い換えれば、『事前の準備を行えば物事の成功を収めることができ、それを怠れば得られるのは残念な結果のみ』である。卑近な例だが、妻に何かを要求するとき戦いは既に始まっているのである。家事を完璧にこなし、育児を率先して行い交渉の場に臨む。ただ相手はいつも上手である。どれだけ準備をしても勝率を100%にするのは難しい。準備を怠ればやはり立合てはや敵(自分)はほろぶるのである。(1160文字 制限内)

エントリーNo.20

4 幾千度(いくちたび) 闇路(やみじ)をたどる 小車(おぐるま)の 乗得(のりえ)てみれば 輪(わ)のあらばこそ

この句は素直に読めば小車の輪(車輪)があるからこそ道をすすむことができるという解釈だと思いますが、私は違う意味を感じました。

私は、趣味で若いころから登山をしています。日中、夏山や一般的な山道を歩く際には、道がはっきりしていてわかりやすく道迷いや新たに道を作ることもなくさほど苦労はありません。ところが、雪山、しかも人が入っていない雪山や、雪が降った直後の雪山は道がなくなり、道迷いもあれば、そもそも雪を掻き分けてトレースを作らなければ前へ進みません。トレースを作る先頭の人は、何倍も体力を消耗するので交代で行きます。また単独で山に登る人も、前に行く先人に対し敬意を表し、追い抜かすときは感謝の念を伝えます。私も何度か若い人に追い抜かされましたが、その際、必ず「トレースありがとうございます。」と感謝されました。

この句を見たときにこの「輪」は「轍(わだち)」を表しているのではないかと思いました。山道でしかも夜ともなれば暗闇で道も見えない。その中で道を間違えずに進むことができるのは、前に行った車の轍があればこそ。轍がなければ夜道を進むことも難しい。というような意味があるのではと思いました。

これは武道にも通じるものがあると思います。何もないところで最初に武の道を歩むのは大変な苦労があります。しかし先人達が進んだ道をその後から進んでいけばまだ進むことができます。先人達の苦労に感謝し、その示された道を進むことが大切なことだと思います。先人達の知恵や経験を、感謝を込めて良く理解し、その道を後ろから来る人達にも正確に伝えていく。それが武道のあり方だと思います。

この句をこのように解釈することもできるのではないかと思いました。(711文字 制限内)

エントリーNo.21

4「幾千度 闇路をたどる 小車の 乗得てみれば 輪のあらばこそ」考察

はじめに

 百足伝を一から読み進めていくと「清水」「夕立」「月」等と三の歌までは美しい情景が目に浮かぶ。そして四の歌は「闇路」という言葉によって突如美しさよりも不安や恐怖を感じる。一寸先は闇、この不安な旅路で自身を預ける小車。その小車を支え進んでいく「輪」に着目し、四の歌について考察する。

本文

「輪」すなわち、円、丸であるが、円や丸についての歌が百足伝にはもう一つ存在する。

十 體と太刀と 一致になりて まん丸に 心も丸き これぞ一圓

 体と太刀が一つになり「まん丸」に、そして心も丸くなることで一つの円となることを歌っている。この歌を参考にすると、四の歌の「輪」とは「心」であると想像できる。禅において円は欠けるところも余分なところもない完璧な形で、始まりも終わりもなく、森羅万象を表している。

 ここまで考えた時、仙厓義梵の円相図が思い浮かんだ。少し底が平たい円が描かれ、この円を饅頭に見立てて「これくふてお茶まいれ」という言葉が添えられている。初めてこの絵を見た時には優しさと可愛らしさを感じたが、円を森羅万象と解釈する禅の世界で、その円を「これを食べてお茶でも飲みなさい」とは、優しさだけでなく悟りを促す意味も感じる。

 茶道に「喫茶去」という言葉がある。親しい者にお茶を淹れることは容易いこと。しかし相手が敵対する者、苦手な者であったらどうか。ただお茶を差し出すことが途端に難しく感じる。

 私は思う。真の強さとは、屈強な肉体でもなく、一瞬で幾人もの命を奪う殺人剣でもなく、氷の刃のように冷たく鋭く心を傷つける言葉でもなく、全てを受け流し許せる優しさなのではないか。どれだけ傷つけてくる者にも「どうぞ」と温かいお茶を淹れ美味しいお菓子と共に優しく温かい心を捧げられる人間が一番強く優しいのではないか。その立場に立った時こそ、施無畏、何も恐れることのない悟りの境地に至るのではないか。そして、その時の心こそ、「丸い心」と言えるのではないか。

 以上を踏まえて四の歌と読み返す。この先どうなるか見通しのきかない暗闇で、自分の身を乗せ、守り、先へ先へと進めてくれるものは、自分自身の他者に対する慈悲や優しさ、丸い心だと解釈できる。

終わりに

 百足伝からは離れるが、鵬玉会心得「心は常に『静』、そして丸くあれ」も禅に通じると思う。日常の中でも心がざわついたり凹んでしまうこともあるが、そんな時にこの心得を思い出すと優しく励ましてもらえる。

 真円を手で描くことはほぼ不可能、ましてや実態のない心をまん丸にしようと志すことももしかしたら無理なのかもしれない。しかし、仙厓義梵の円相図のように、いびつな円でも優しく、柔らかく、温かみのある円ならば、未熟な自分の心でも近づけるかもしれない。完璧でなくてもいい。凹んでようと傷ついていようと、誰も傷つけることのない、強く優しい、丸い心になりたい。(1174文字 制限内)

参考文献

『洋泉社MOOK 入門 日本の禅』二〇一三年五月十九日発行 株式会社洋泉社

『イラスト図解 心があたたまる 禅の言葉』サダマシック・コンサーレ著

                   二〇一四年三月二十日発行 株式会社 宝島社

     仙厓義梵「円相図」

エントリーNo.22

32 習(ならう)より 慣(な)るるの大事 願(ねがわ)くは 数(かず)をつかふに しくことはなし

何かを身に付けようとした場合、まずそれに必要な事や動きを教わる事も大切ですが、見聞しただけでは身には付きません。教わった事を繰り返し行い意識や身体を慣らす事で、段々と身に付き、レベルが上がるにつれ初めの頃には気付かなかった事に気付き、同じ事をしていても深く理解していく事が出来ます。その時々の状況に於いて、考えずとも自然と身体が動き対応出来る様に、血肉とし肚に落とし込むことが肝要。

私は昭和育ちなので技は盗めと教わり、

先ずは師匠の言葉や動きを学び真似、自分との違いを感じそれを埋めていく様にしました。しかし全く同じ事は出来ません、師匠を目指し基本を身に付けそれをバックボーンと成して、更なる思考を深め創意工夫をして守破離を目指し、日々弛まず精進して日常の所作にも落とし込む様に意識しております。

この度出会えた無外流と云う居合兵道を通じ、日本人としての意識をより堅固にする為に、残る余生、何処まで行けるか楽しみながら研鑽差せて戴きます。(417文字 字数不足)



エントリーNo.23

29 麓なる 一本の花を 知り顔に 奥もまだ見ぬ 三芳野の春

三芳野神社という神社が埼玉県にあることを最近知ったが、この一首を読む時いつも私の頭に浮かぶのは、「み吉野」、奈良の吉野山。奈良市出身の私にとってすら、吉野は余りに遠い。大好きな近鉄電車に乗って遥か彼方の吉野駅にようやくたどり着くと、目の前には大自然が迫り、空気は澄み渡り、美味しい柿の葉寿司屋さんがあったりして、既にひと旅行終えたような気持ちになるほどだ。しかし、そこから奥へ分け入るごとに違う景色が見えてくるのが吉野山。とりわけ素晴らしい「み吉野の春」は、徐々に桜前線が山頂へのぼっていくことで有名だ。麓では葉桜に近くなっていて、初夏の花がほころび始めていても、山頂はまだ桜が満開だったりする。駅前、山の前に立つだけでは味わいきれない感動を探しに、私たちは山へ分け入り、有名な割にあまり整備されていない箇所もある山道を進む。最後に訪れたのは10年近く前だが、やっとすれ違えるほどの細い崖道を通った時のドキドキ、登り切ってピンクと緑のグラデーションを見下ろした感動は今も忘れられない。

大自然の雄大さと稽古の高遠さは似ている。

稽古で新しい型を教わる。なんだ簡単にできるじゃん、と思う。でも練習を重ねるごとに、直す部分が増える不思議。手の位置、重心の場所、目線の高さ。体の向き、刀を振る力、足の角度。少しずつでも歩を進めるように、体を微調整していく。時々、そんな風に体動かないよ、と思う。回り道を探すように、自分の体の動かし方を工夫する。その度にまた新しい修正が入る。時に絶望しつつ、1つの型を磨き上げるためには、長い道のりがあることに気づく。稽古を重ね、何となく思った通りに近く体が動くようになって、自分の体のことが少しわかるようになり、この型のことがわかったような気分になる。まるで吉野山の上からグラデーションを目にした時のように、全部見えたかのような。

同時に、完成する、ということはないのだともこの一首に気づかされる。

吉野山を上から見下ろした時は感動だった。だけどもちろん山の全てが見れたわけではなく、まだまだ見尽くせぬ山の側面があった。

稽古も同じなのだろう。「奥」が見えたと思った時だって、実はまだ見えてない。見えたと思ったら、実は迷っているのかもしれない。

知った気になるな。そう心せよと言われているのだろう。

しかし、多賀自鏡軒さんは奈良に縁がなかった方のようなのだが、きっと当時も有名だっただろう吉野山を思い描きながらこの一首を詠まれたに違いない…と、奈良県民としては勝手に思いつつ、今日も山奥に咲く遅咲きの桜を探すような気持ちで稽古に励む。目の前にある簡単な答えに見えるようなものは、本当の答えではないのだ。(1107文字 制限内)

エントリーNo.24

3 うつるとも 月も思わず うつすとも 水も思わぬ 猿沢の池

 月も自身を映そうとは思わず、水も相手を映そうとは思わない。されど猿沢の池には月が映っている。
 この歌をそのまま詠めば心の水には映そうと思わずとも、このように映したいと思っていても、本来の姿が映される。となるでしょう。

『水月』

 無外流でもよく聞く水月。武道・兵法においては様々な意味合いがあります。
 兵法の陣立ての一つとしては水に映る月のよう双方が対峙している状態。
 剣術では一足一刀の間合い。また、正眼の構えも水月と言います。
 自身も相手を斬ろうと思わず、敵も斬ろうと思わない。そこに少しでも水面に揺らぎや淀みが生じれば月を(敵を)正しく映すことはできない。
 刀を一度抜けばその先は、どちらかが倒れるか相打ちとなるか。本来ならばこの二択です。ですがもう一つの可能性もあるのではと思います。

 『雨あがる』の一幕 斬るつもりもなく相対した三沢伊兵衛に『平然と構えていて勝とうとする気も見えず、とらえどころが全くない。』どうしていいかわからなくなり木刀を投げたと辻月丹。

 一足一刀の間合い 恐怖や戸惑い焦り

 自らを捨て、心の揺らぎをなくし澄んだ水面のように立つ。その先には相打ちでもない、互いに分ける、
 斬るための業を稽古したのちにたどり着く 殺さず という究極の結果があるのではないだろうか。

『猿沢の池』

 この歌のもととなったであろう香取神道流塚原卜伝の歌

 映るとも 月も思はず 映すとも 水も思はぬ 広沢の池

 あえて広沢の池を猿沢の池にした。猿沢の池とは何でしょう。
 まずは南都八景の一つ猿沢池月の猿沢池でしょう。
 澄まず・濁らず・出ず・入らず・蛙は湧かず・藻は生えず・魚が七分に水三分
 常に心は動かさずニュートラルでいる、まさに水月の項で書いたものに通ずるのではないでしょうか。

 猿沢池のほとりにある興福寺は『唯識』を研究する法相宗の本山でもあります。
 唯識とは西遊記で有名な三蔵法師が伝えた仏教思想。この世界の物事は縁起、つまり関係性の上でかろうじて存在している。
 諸存在は無常であり生滅を繰り返し過去に消える。即ち諸存在(色)は空である(色即是空)
 その現象を人が認識しているだけであり、心の外にモノは無い。全ての転変は無常であり刹那滅である。
 これを武道に反映するならば修行の末、事理一致となし、恐れ・動揺等を消し、心を空にする。
 その先には波風もない。そのような境地のことでしょう。
 また猿沢池の名前の由来ともなった猿猴捉月の事でもあるでしょう。
 池に映った月を取ろうとした猿が池に落ち溺死する。仏陀が僧を戒めたこの故事。
 猿猴図を描いた禅僧白隠彗鶴の句『有と見て無きは常なり水の月』水面の月は有るように見えるが実体のないもの。仏教的に言えば『空』、これも唯識とつながってきます。
 剣の修行(事)も理の修行(理)この両輪を一致させるとそこには同じ境地がある。まさに無外流が動く禅と呼ばれる所以なのでしょう。(1173文字 制限内)

エントリーNo.25

9 兵法は立たざる前に先づ勝ちて 立合てはや敵はほろぶる

 僕は、『兵法は立たざる前に先づ勝ちて』という部分の意味を、まず相手と立ち合う前に気持ちから勝っていろ、という意味だと解釈しました。
 例えば、試合で最初から負けると思うよりも勝てると思っていた方が実力が出せるのにと思いました。
 『立合いてはや敵はほろぶる』という部分は、立ち合う前に気合で敵を圧倒したら
 立ち合ってすぐに自分を優勢な立場に持っていくことが出来る。
 つまり、剣の技術以前に気持ちで相手に勝つということだと解釈しました。

 また、勝海舟と坂本龍馬との出会いは一説によると、龍馬と千葉重太郎は開国論者であった勝海舟を斬ろうと思ったが、実際に会って勝海舟の考えを聞くと斬るどころか弟子になったそうです。
 自分には勝てないなと思わせることができたからそうなったのだと思います。
 これから自分も立合う前に勝てるような人間になりたいです。(361文字 字数不足)

エントリーNo.26

26 雲霧は稽古の中の転変そ上は常住すめる月日ぞ

 流祖辻月丹は剣技のものでありながら、同時に禅にも通じていた。この点を中心に上述の一句を通読する。すると、雲霧というのは禅修行における煩悩・放念と解釈できる。つまり、禅修行における心は仏心より離れ、解脱できずにいることである。

 しかし、常に涅槃寂静の境地は雲霧を超えた上に常に存在する。もちろん、雲霧というのは人的に操れるものではない。常に自然的であり、「私」という個体ではどうすることもできないものである。

 それでも、生きている限り修行は続いていく。只管打坐に臨むこと、書物に頼ること、支度を丁寧に行うこと、日々の細部に意思を至らすこと。個体で出来ることを思いつく限りやっていくその中で発見もあろう。

 一方で、雲霧を流す風というのもまた自然のことであり、「私」という個体によっては達成しえないことである。しかし、この風というのはどこ吹く風ではないと考える。つまり、風を起こす端は身近にいる。それは公案、禅問答における対話であり、師の言動である。

 「生きた鯰を瓢箪の中に入れるには、どのようにしたらよいか」

 公案のひとつである。どう答えるかは各人の考えに依るだろうが、重要なのはこのように機会を与え、風の発端となる師の存在である。もちろん、公案、禅問答のほかに教導されることはあり、そのひとつひとつが雲霧を晴らしていき、境地へと至るのだと考える。

 この考えが稽古に転用されるものである。稽古においても、雑念・放念、あるいは、技術的悩みや問題点、危ういことを言えば、予期せぬケガや故障が雲霧となることであろう。そこでも武道の真髄というのはやはり、その先に存在しており、絶えず澄んだ色で佇んでいる。雲霧を払うのはやはり「私」という個体と教えと気づきを与えてくださる方々が端となる。(753文字 制限内)

エントリーNo.27

1 稽古には清水の末の細々と 絶えず流るる心こそよき

 私は入会当時の百足伝を知ったばかりの頃、一首目の道歌「稽古には清水の末の細々と 絶えず流るる心こそよき」を、継続は力なりの様な事を歌っているのかと思っておりました。

 勿論、そのような意味合いも当然含まれているのであろうかと存じますが、私はこの歌を「稽古の心構え」と、その先にどれほど己の技量が向上し段位が上がろうとも、湧き出て細々と流れる清水の如く、決して大河になったと錯覚せぬように。

 と、この歌は「日本の心のありよう」でもあるのかなと思う様になりました。

 四十首目の「一つより百まで数へ学びては もとの初心となりにけるかな」ですが、一首目を踏まえた上での「積み重ね」を表現していると解釈しております。

 積み重ねは同じことを繰り返すことで起こるのですが、全く同じことをただ漠然と繰り返すのでは向上しない、初心に帰って学び直すとは言えども少しづつ変化(向上)が無ければ上達はしないのではないでしょうか。

 同じことを繰り返すという言葉ではイメージしにくいですが、私はこれを真上から見たら「円相」ですが、視点を横にずらして見るとそれは「螺旋」を描いていると思います。

 技量の向上や上達はエレベーターのように一気にと言うわけには行かないでしょうし、そんな方法はきっと無いことでしょう。やはり着実に積み重ねて、少しづつ向上・上達して行くことが最も堅実であり、結果的には近道なのでは無いかと思います。

 百足伝の百足とは「ムカデ」の事であります。百足は無数の脚を絡ませる事などありませんし、その多くの脚を自在に運んでいますが、これを意識して行っているのではなく無意識に行われています。

 私は積み重ねた修行の末に、その技々を無意識のうちに繰り出せるようになる境地を目指して、これからも稽古で汗を流し技量を上げる所存であります。(746文字 制限内)



ジュニアクラス

エントリーNo.1

1 稽古には清水(しみず)の末の細々と絶えず流るる心こそよき」

 僕がこの歌を選んだのは、一番初めの歌ということもありますが、コロナで小学校の稽古はお休みになっている時も、オンラインで稽古ができている今の自分のかんきょうによく合っていると思ったからです。意味は「清水」の細い川みたいに少しずつでも稽古をつづけることで、できるようになるというところがとくに好きです。また、音は「心こそよき」のひびきがとても好きです。初めは意味がよくわかりませんでしたが、お母さんに「心がまえが大切ということ」と教えてもらいました。

 居合は、5歳の11月に明正小学校で体けんをしたのがきっかけで始めました。その時からずっと居合が大好きです。始めたころは、右手と左手がどちらかよくわかりませんでしたが、何度もくりかえすことでおぼえることができました。

 オンラインは、わからないところやわすれてしまったところを何回も見られるところがとてもよいです。

 居合をならっていると言うと、かならず「居合ってなに?」と聞かれるのですが、どういっていいのかよくわからず、こまっていました。でも、鬼滅の刃が流行ったおかげで、剣の練習ということをわかってもらえるようになりました。

 きょ年の京都の国さい大会では試合で初めて勝て、3位に入ることができました。今年のリトルジュニアの部でも3位に入ることができました。学校で校長先生から賞状をいただきました。クラスのみんなが「よかったね!」「すごいね!」と言ってくれました。もっとれんしゅうをがんばって、次は一位になりたいです。

 稽古の後、小学校の体育館でみんなであそぶのがとても楽しいです。早く学校が使えるようになって、またみんなであそびたいです。今は自分とのたたかいに負けないよう稽古にはげみたいと思います。(718文字 制限内)