百足伝(ひゃくそくでん)

百足伝後書

おそらく百足伝においてもっとも重要なのは、巻物の中のこの後書きではないかと思われる。
もちろん文体は文語体とでもいうべきもので、ここに書いたものは意訳だ。
猛毒であるこの武道は、そのままでは「鋭」だ。
よく言われる「最初は術」というようなものもここには含むのだろうか。
まず技術が必要だが、そこに居ついてはだめだ、とでも考えれば間違いではなさそうだ。
それを「威」とし、そして「徳」とする。
しかし、それは別のものではなく、相手によって変わるのだ。
それがわかると思うから、次をまかせる、とでも言うような後書は、流派を背負う責任の重さを伝えるようだ。
今日入門したものも、その心構えで稽古したらきっと背筋が伸びると思う。

百足伝は無外流兵法の道歌である。
この四十首はむかでの四十足になぞらえてある。
むかでは四十の足を無意識に動かし歩く。
兵法も心技体を無意識に駆使する。
むかではからだは小さい。
しかし、他の動物は近寄らない。
なぜならその猛毒を恐れるためだ。
兵法における猛毒は鋭い。
万物の霊長たる人は
兵法を心技体によっておさめ、
その鋭さを威となし、
さらに徳となさなければならない。
技を磨き心を練って徳が高い人となれば
はじめて兵法の奥儀に達したと言える。
鋭威徳は別のものではない。
相手次第で使い分けるものだ。
徳に至る技を学ぶとともに
この道歌を熟読して意味をよく考え味わい
当流の真意を悟るべし。
勉励怠ってはならない。
これが百足伝を授ける理由である。(意訳)