フジテレビ「禁断の対決」撮影顛末記
【本文は、フジテレビの撮影が終了し、放送前の段階で撮影に直接協力した方だけに今日お祐されたものです】
フジテレビの撮影がいったん終了しました。
撮影にご協力いただいたみなさん、ありがとうございました。
個別にお礼を言いたいところですが、「あのとき何が起こっていたのか?」を私が語ることでお礼にしたいと思います。
また、「なぜ勝ったのか」「なぜ負けたのか」を考察することで、本人たちだけではなく、その場で同じ空気を吸った剣士たちの成長を促すことができるのではないかと思います。
厳しいことを書くかもしれませんが、みな自分のこととして良薬に変えてほしいと思います。

第1戦目 箕輪〇 × 川尻×

第1戦目が始まった。
アイマスクをした2人。
内弟子なら知っている。
光も遮断し、前は一切見えない。
しかし、川尻は怪物だ。
すぐに箕輪の対角線左前に向かって歩き出す川尻。
川尻は明らかに箕輪をとらえた。
これは、フジテレビのカメリハで湾岸スタジオに行き、「天才」とフジが称した箕輪の対戦相手をオーディションしたときの川尻の戦い方だ。
相手の横に回り込み、そこからまっすぐ攻撃に入る。
相手の準備が整う前に一気呵成に攻め立てる。
この前に前に攻めていく攻撃を私は「前々の攻撃」と呼ぶことを内弟子は知っている。
これは無外流本来の特長ではない。
剣道の動きだ。
ジュリアーノ熊代も、衛藤も準備が整わないままそれに沈んだ。
熊代も衛藤も、まったく川尻に刃が立たなかったのだ。
ディレクターは「もし自分がアイマスクをしてなくて、川尻さんがしていたとしても、まったく勝てる気がしない」と感嘆した。
フジは川尻を「怪物」だと称した。
しかし、箕輪は動いた川尻に気づいた。
回り込むのは、相手が気づかないからできることだ。
箕輪は川尻が動くとそちらにからだを向ける。
川尻は回り込んで箕輪に向かって前々の攻撃をしかけたが、箕輪は川尻が抜刀したのを気づき、からだを沈めて足を狙った。
一本。
私は既視感を感じた。
そうだ、これは熊代が4戦のうち1勝をもぎとった3戦目の勝ち方だ。
あのとき、いきなり前々の攻撃をしかける川尻に2敗した熊代は、意地をかけたのだろう。
「もう一戦させてもらえませんか」と言った。
熊代は逃げつつ、追いかける川尻を誘い込み、長身を沈め足を狙った。
川尻の刀は空を切り、熊代は川尻をつかまえた。
箕輪はあのオーディションには関係が無かった。
箕輪の相手をできる選手を探すためのオーディションだったからだ。
しかし、彼は来て、そして見た。
あの熊代の貴重な1勝に箕輪はこう思っただろう。
川尻の攻撃はひたすら前々。
しかも抜刀して一番近いところを狙うから中段へ攻撃をかける。
上下に散らせばまずは1勝だ。
だから最初から狙っていたように見えたのだ。
箕輪は、熊代から勝ちパターンを手に入れなりふり構わず自分のものとした。
獣はなりふりを構わない。
この後、印象的だったのは、インタビューでの2人の回答だ。
川尻は、相手の位置がなぜわかるかという質問に「音ですね。」と何度も答えた。
箕輪は、「相手の気配はわかる。こちらに殺気が向かうから。わからないときはわざと動いて、相手の次の動きを誘う。動けば空気が変わるからわかる。そのためにも坐禅を学んだ」と答えた。
フジが求めたのは、番組が日本を感嘆させる答えだ。
この場合は、「あー、音なんだ」という川尻の答えではない。
「坐禅をして、武道の稽古をすれば、気配がわかる」という箕輪の答えだ。
このインタビューで、流れは決まったのではないか、と私は感じた。
勝負を俯瞰して見れる方が勝つのは勝負の鉄則だ。
第2戦目 箕輪× × 川尻〇
休憩を十分にとったあと、ほら貝の音で第2戦が始まった。
主審熊代の「はじめ!」の声とともにずんずんと川尻が前に進んだ。
明らかに箕輪の位置を把握している。
それを跳ね返そうと箕輪は抜き打ちで狙ったが、川尻は飛んだ。
これを「玉光」のバックステップだと言ったが、本当はそうではない。
上に飛ぶからだ。
もし、見えていれば、間合いは同じなので箕輪のものうちは川尻をとらえたであろう。
後ろがない箕輪にさらに前に進み斬りつける川尻。
箕輪はこのとき、川尻が間合いの中にいるのを知ってバックステップした。
しかし、思った以上に近い川尻は、その箕輪を斬り捨てた。
箕輪は背中に壁を背負っていたため、そのまま下がることができずに斬られてしまった。
川尻を応援しているのは、埼玉から東京城北支部だ。
元気がいいから大騒ぎになった。
押せ押せ、の雰囲気が生まれた。
数値的に1勝1敗だと言っても、雰囲気で箕輪は完全に押されている。
実況をしていた第3道場から様子を見に行くと、控えで箕輪は頭を抱えて目をつむっている。
追い込まれているのだろう。
しかし、本当はそうではなかった。
箕輪はそこまでの2戦から戦術を変えようと考えを変えたのだ。
前々の戦いをし続ける川尻に対して、1戦目は下段に行くことでつきあい、2戦目はバックステップでさらにつきあった箕輪。
落ち着け、本来前々の戦いから卒業したはずではないか、そう自分に言い聞かせていたのだろう。
この決意は3戦目でわかることになる。
第3戦目 箕輪〇 × 川尻×

3戦目が始まった。
川尻陣営は押せ押せムードが高まっている。
箕輪に対して進む川尻。
箕輪は川尻の位置がわからずに派手に動いた。
誘いだ。
これに気づかず、逃すまいとさらにずんずんと前に入った。
箕輪は目の前にいる。
川尻が抜刀しようとした空気を箕輪は感じたのだろう。
1戦目、2戦目とは明らかに違う動きをした。
左にからだをサバいたのだ。
川尻の刀は少し離れた箕輪をとらえようとするが、抜けばそのまま川尻が前にいる箕輪の刀の方が速いのは一目瞭然だ。
サイドから川尻の脇をとらえ、ついで抜刀する右腕をとらえ、川尻の刀を吹き飛ばす。
一瞬で下がった箕輪はアイマスクをしているからわからないものの、「刀を落としたんだろう」と想像した。
主審、副審すべての旗が箕輪の白を上げたとき、箕輪は血ぶりをしていた。
この3戦目のインタビューで箕輪の怒りが爆発していたのを私は感じていた。
「川尻さんの戦いは、猪突猛進だ。読み合いする間もない」
箕輪は、道場での稽古でも無外流居合を標榜する鵬玉会として、”闇夜の形”である奥伝「神門(かみのと)」を使おうとしていた。
私がそれを使ってほしいと、形を番組で披露するのをちゃんと理解していたのだ。
30秒のCM一本を新春のフジの特別番組で流すとしたらいくらするのだろう?
それをおそらく30分以上使わせてもらえるのだ。
「無外流居合の保守本流、鵬玉会ここにあり!」という絶叫を、いま任されているのだ、なぜ番組の看板である気配の読み合いをせずに、平気で間合いに入って来るのだ?
これでは神門は使えないし、番組をおもしろくできないではないか!
その怒りが「猪突猛進」「読み合いする間もない」という言葉に現れていた。
それも聞こえるように大きな声で。
『川尻、番組なんだぞ、自分が勝つことだけを考えるな』
という声が私には聞こえるようだった。
そして
「前々攻撃はもう効かないぞ!俺は無外流だ!」という宣言のように感じた。
第4戦目 箕輪〇 × 川尻×

箕輪2勝1敗、川尻1勝2敗で迎えた運命の4戦目。
もし箕輪が勝てば5戦目を待たずに勝利。
もし川尻が勝てば、決戦は5戦目となる。
川尻は刀を抜き始めた。
見ていたものは、ここで初めて川尻は、それまでの「抜き打ち」から始めるという戦い方を変えたと思ったと言う。
しかし、川尻の戦い方はまったく変わっていない、とモニター越しに実況席から私は思った。
川尻は得意の突きで勝負に出る気だ、これこそ前々の攻撃だ。
本当の驚きは次の瞬間だ。
川尻が前に出てくるのを感じた箕輪は、3戦目の勝ちパターンである「左へ回る」を捨て、「右へ回る」という賭けに出たのだ。
突きへのサバキは右に回るが定石だ。
「川尻は負けられないと、得意の突きに来るのではないか」と読んでいたかもしれない。
なんとその突きは箕輪の顔の脇を数センチで通り抜けた。
この瞬間箕輪の刀は川尻をとらえた。
実況専用となった第3道場ではアナウンサーも絶叫していた。
ディレクターは「まるで漫画です!見えているんじゃないか、って思うほどです!」と大騒ぎだ。
たしかに劇的だ。
しかし、仮に見えていたとして、そんな勝負を誰ができると言うのだ?
私が育てた箕輪は、圧巻の勝負を決めた。
なぜ2戦目に負けたか、神経が磨り減るほどに考え、川尻の前前に付き合うことをやめ、無外流として戦い、都度戦い方を変えた箕輪。
自分の勝ちパターンに固執し、「戦い方を読んだぞ、番組を成立させ、組織のためにも戦い方を変えろ」という箕輪の絶叫を理解せず、最後まで剣道の前々という戦い方を変えなかった川尻。
対照的だ。
終了後、試し斬り収録でかつて誰も映像の中でやっていない「破図味」で飛びながら斬った箕輪。
川尻は「置き藁で斬る」ことを宣言していたため、映像の中でダブることを避け私は試し斬りをしなかった。
ここまでの流れを考えれば、同じく置き藁で斬れる箕輪があえてそれをしなかった理由は察することができる。
かつて極真会で、ビール瓶切りができた芦原英幸師範が、メディアの中で一度もそれをしなかった理由と同じだ。
私が少年時代はその単行本で、長じてからは10年以上にわたり薫陶を受けた、元週刊プレイボーイ編集長の島地勝彦さんは、かつて私にこう言った。
「人間には格がある。特に凄い人は別格と言う。ここまではいる。しかし、実はその上がまだある。それは、規格外の破格だ。武田、それを目指さなければならないよ」
箕輪は破格を目指せる位置にある。
ぜひ目指してほしい。
内弟子ならば、その背中を追わなければならない。
逃がしては駄目だ。
追撃し、追い落とす。
それを目指してこそ、組織の成長はある。
川尻は今回の経験をただの思い出にせず
成長を目指さなければならない。
君の武道家人生はここからだ。
最後につけ加えておきたい。
どんなときも自分で背負わなければならない。
サムライは言い訳を用意してはならない。
箕輪は実は少し前に事故にあっていた。
あの試合のとき、むち打ちが残っていて万全ではなかったことをひとは知らない。
なぜなら、彼は言い訳につかわなかったからだ。
箕輪は勝つべくして勝った。
終了後、撤収のために荷物運びをした車の横で、私のところに箕輪は来ていった。
「覚悟を決めました。
鵬玉会に自分を捧げます」
彼は1月、武徳殿で五段を允許される。

※ 感想があれば、コメント欄に残してください。



武田会長、ありがとうございます。
大変ありがたく拝読させていただきました。
・試合解説、考察について、自分はイベントの運営にとらわれるあまりに武道を志す立場としてしっかりみてやろう、分析してやろう、という気概が欠落していたことを痛感しております。自分ならどう戦いどう勝つか。
自分でも全霊を振り絞った考察が出来るようになるべく、引き続き気を引き締めて精進させていただきたく思います。
今回ご解説いただきました内容については学びしかございません。
本当にありがとうございます。
・川尻さんについて、大変厳しい内容に思えますが、それも愛だと感じました。ここまで直接的に事実を突きつけることで、生まれ変わるような成長のチャンスをご提示いただいたものと推察いたします。師弟としての愛情と信頼関係があってのことと羨ましくも感じられます。
川尻さんもきっと、この学びを契機に見違えるような変貌を遂げてくれることを僭越ながら期待させていただきます。
・内弟子を含め皆が、努力次第では箕輪さんの立場にも川尻さんの立場にもなることが出来るチャンスと、今そうなれていない不甲斐なさと、その立場になることの重責と、その立場で得られる栄誉のすばらしさを、そのを目指したいと強く思えるような頂の景色を疑似体験させていただけるような試合、その詳らかな解説であるこの顛末記をもって、これは実はテレビをも手段とした、無外流居合の普及と武士道の醸成を実現するための対決だったのだと強く感じました。
これを読むことのできる一人でも多くの心に激しい炎が巻き起こることを願わずにはいられません。
フジテレビと武道館で、まさに鵬玉会が更に発展する岐路であるとおもいます。このような場に居させていただき本当に感謝しております。
当日の箕輪さんと川尻さんとの試合から、お二人がこれまで多くを積み上げられてこられてこの試合が成り立っており、2人の背中に他に真似のできない唯一無二の姿を見ることが出来ました。
追撃するためには歩みを止めず、更に歩みを早めなければいけない。憧れで終わらないよう、気を引き締めなおします。
お考えを聞かせて下さってありがとうございます
事前にどれだけ考えて準備ができるか、
どれだけ身体に技を覚えさせて、考えなくても動ける状態にできるか
厳しいお言葉を自分ごととして受け止めております
選手に選ばれなかったこと、
十分な実力がまだ身についていないことを自覚し、
先を行く人たちを追い越せるよう精進します
当日は応援にかけつけられなかったため残念に思っていましたが、拝読させていただき、臨場感あふれる文章に気迫までもが伝わってきました。
また、川尻さんへの指導者としての深い愛情、箕輪さんへの武道家同士としてのリスペクトが感じられ、感銘を受けました。
武田会長のもとで学ばせていただいていることに改めて感謝いたしております。
息子は読みながらそのときの様子を「本当にすごかった!」とやや興奮気味に、「 “誘い”の技術」と坐禅の大切さを学んだ、と話してくれました。
内弟子への憧れから、収録後にスターお二人と撮っていただいた記念写真は、息子のスマートフォンの背景になっています。
息子にとって大変貴重な学びとなり、このような機会を与えていただき、ありがとうございました。
会長、安村師範、また内弟子、応援してくれた皆様、そして今回お手伝いに来てくださった方々へ本当にありがとうございました。
全国放送のゴールデンの時間帯で鵬玉会が出るというのは文字通り千載一遇のチャンスであり、何が何でも成功させなければいけませんでした。
もちろん闘いに台本はなく、また見えない状況でもあるが、立ち回りや見せ場をつくり、番組として成功させなければいけないことは、正直申し上げると普段の大会の時よりもプレッシャーは大きく、内心は不安でいっぱいでした。
闘い終わってからも、内弟子等にどうだった?大丈夫だった?と確認して回ってたのは、番組として成立してるか、無外流、鵬玉会として問題がないか。と確認をしたかったからです。
川尻さんは、強敵です。
手を抜けば即やられるのは明白でした。
ただ、鵬玉会の代表として出ている以上、自分が勝つ事も大事でしすが、番組を成功させて鵬玉会を大きくすることも大切でした。
今回の川尻さんは、まさに怪物で上記を考えて立ち回り勝つのは本当に大変でした。
理想は4戦の中で一回は神門を使って勝たなければいけないと考えていたのですが、それをさせない川尻さんのファイトスタイルを、自分の殺気や圧で止める事が出来なかったのは、自分の未熟なところだったなと反省しています。
今回の撮影で川尻さんをはじめ、内弟子も一気に成長してくると感じています。
川尻さん、今回、僕が勝ちましたが、次に大会で当たっても僕が勝ちます。
それは何故か。
僕は鵬玉会を背負って、会を大きくすると決めているからです。
これからも良きライバル関係でいれることを願っています。
拝読いたしました。
会長のお言葉で、当日感じた言葉にできないものが明確になったように思います。ありがとうございます。
当日はただただお二人のすごさに圧倒されましたが、あれはただの技術の見せ合いではなく、どこに精神的な重きを置いて何を大切にしているのかを体現する場だったのだと、改めて納得することができました。
また個人的な感想を申し上げると、最後の箕輪さんの一言に感銘を受けました。
何かに人生を賭する覚悟を決めることは私にも覚えがあり、それがどれだけ重いことか知っているつもりでいるからです。
覚悟の裏には愛がある、と私は思っています。
そもそもその対象への愛がないと、自分の人生を捧げることなどできないからです。
覚悟を伴って初めて愛となるとも言えます。
箕輪さんの鵬玉会や無外流に対する愛と覚悟を、僭越ながらとても美しいと感じました。
今回、自分のできることだけでも組織に貢献したい、そしてお二人の真剣勝負を見たいというほんの軽い気持ちで応援として参加することを決めましたが、こんなに大切なことを考えさせられる機会になるとは思わなかったです。
このような場に居合わせることができたこと、とても幸せで光栄に思います。
お二人を見習い、精進いたします。ありがとうございました。
会長のこの記録を読ませていただくまでは、2人ともスゴイなー、という幼稚な感想しかありませんでした。私のレベルでは戦い方の技術の理解すら追いつかないのですが、そこにさえとどまらない会の未来というところまで思い至って相手に向き合っていたという箕輪さん異次元の方なのだと思いました。
大変失礼なことを承知で敢えてお伝えさせていただくと、2022年夏の自由組太刀の大会で初めてお会いした箕輪さんはキリキリと神経質そうでとっつきにくい人という印象でした。その後しばらくして土曜の稽古に行くため本部道場に向かう道で、向こうから内弟子稽古を終えたのであろう箕輪さんが歩いてきて笑顔でこんにちは!と挨拶してくれたのです。私の持っていた印象とあまりに違う行動に面食らってしまいこちらがちゃんと挨拶できたのかさえ記憶にありません。今思うとこの辺りで箕輪さんの思考のベクトルが変わったのかと、会長の分析と重ね合わせ勝手な想像をいたしました。
私の大好きな映画七人の侍に久蔵という腕の立つ侍が出てきます。「自分を鍛え上げる、ただそれだけに凝り固まった男」と評されますが、だんだん人間味が表に出てきて農民を救う一団に加わります。強くなりたい、せっかく武道を始めたなら誰しもが思うことだと思います。しかしそれだけに凝り固まっては武道の本質を欠いている、改めて深く心に刻みました。
そして私が入会からずっとお世話になっている川尻さんはむしろ人間味のカタマリという印象です。会長の言葉は大変厳しいものだと思いますが、衛藤さんがおっしゃる「羨ましくさえ感じる」これがすべてを表していると思います。川尻さんの鵬玉会や会長を愛するパワーは常軌を逸しているとさえたまに感じます(言葉を選ばずすみません)。箕輪さんとの双璧を作ればこれほど盤石な組織はありません。これからの鵬玉会の姿どういう形になるのか楽しみで仕方ありません。
箕輪さん、川尻さん、本当にお疲れ様でした。
とんでもないプレッシャーだったでしょう。
これをきっかけに鵬玉会が一気にメジャーになる、良い風だけでなく、二人の戦いを見てものすごい嵐が吹き荒れるかもしれない。
今、自分が勝つ、だけではない居合の世界を変えることができるとても重要で歴史的な日でしたから。
お二人の大きな違いは稽古の差だったのではないかと感じています。
対決ですからもちろん勝ちたい、でもそれ以前に番組企画として成立するか、視聴者が盛り上がるか、それに付随して鵬玉会の飛躍、居合の世界に革命を起こすことができるか。何日も前から先の先まで箕輪さんは意識をして覚悟を決めていました。
二人とも内弟子は卒業していますが、箕輪さんは変わらず会長の側で稽古を続けることにより、技術の向上だけでなく武田会長イズムをしっかりと受け継いでいるのだと、ようやく内弟子の存在意義を体現する者が現れたと感じています。
身体を動かして技術を磨くだけでなく、頭を使い多くを学び精神を鍛えることが重要なのではないでしょうか。そして内弟子はこれ以上のものを求められます。これを理解しているか。覚悟しているか。
わがままを言えば、箕輪さんのあの指先レーダーや二人の駆け引きがもっと見たかった。
会長の神門が映るならそれを活用した戦いが見たかった。天才と怪物は多くを求められるのです。
しかし目隠しをしてスタッフに連れ回されている最中、箕輪さんは副審にも顔を向けてロックオンしていたのには驚きました。
あのあっという間に終わった各試合、終了後は少々不安を覚えていましたが杞憂でした。会長の総評からこんなにドラマティックに膨らむのかと笑。
会長のトーク力は尋常ではありませんから実況が入ったオンエアを本当に楽しみにしています。会長、本当にお疲れ様でした。
応援に来てくださった皆さま、スタッフとして活躍してくださった皆さま、そして松下さん。
ありがとうございました。
この企画、おかわりが来たら良いですね!